『ドーミトリー ともきんす』(高野文子)を読むことができた。
書評等で取り上げられたのも読んでいたが、やはり実物にまさるものはない。
漫画という表現形式を借りた、一流の理科本ブックトーク。
これは高校図書館の蔵書に必備かもしれない、とひとりごちる。

知らない人のために説明すると、高野文子という漫画家さんの作品で、
架空のドーミトリー(寮)ともきんす、に、
トモナガくん(朝永振一郎)、マキノくん(牧野冨太郎)、ナカヤくん(中谷宇吉郎)、ユカワくん(湯川博士・・名前忘れた、ノーベル賞受賞者の)という4人の学生さんが住んでいるという設定で、
彼らの著作物やエッセイ・日記・本の紹介になっている。

幸いなことに、朝永振一郎著作集(みすず書房)が手近にあり、トモナガくんの若き日の
滞独日記を漫画と並行して読むことができた。
これがなんともすばらしい。ユカワくんとトモナガくんは専攻を同じくする(物理学)学生で、
ユカワくんのほうが先に功績というか論文を認められ、世間に知らしめられた頃、
トモナガくんはドイツに留学し、なんとも言えない、少し悶悶とした日々を過ごす
その頃の日記が、著作集の別巻2「日記・書簡」に掲載されている。

トモナガくんは泣き虫で、「ぼくは物理なんてきらいです」と、漫画の中のトモナガくんは
ノタマウのだが、その感じと、日記の読後感はパラレルである。
また、ボタニスト(植物学者)となる前のマキノくんも漫画に出てきて、
牧野植物学大図鑑(だったっけ?)はさすがになかったけど、類似品の北隆館の
牧野植物画を拡大して使用してある図鑑ならあって、そこに出てくる植物がはどれも
「植物観察には虫眼鏡と筆がいちばん」と言い切るマキノ直筆の愛ある植物図が
たくさん載っていて、デジカメのない時代だからこそ、人は自分の目を信じて
真実に迫ろうとしていた気迫というか愛をひしひしと感じてしまった。

ドーミトリーのモデルは、北海道にあったという中谷博士の別荘だそうだし、
なんといっても万感せまるのは、
作品のおわりのほうに掲載される、「科学と詩」を考察したのユカワくんの詩であろう。
いま手もとに『ドーミトリーともきんす』がないので、正確な引用はしかねますが、
この詩は素晴らしい。科学と詩は、同じところから出発して
たどる道筋は違うけれど、行きつく先(目指すもの)は同じはず・・というような
書いてしまえば味気もない結論が、明確な論旨とイメージで表現されています。
文系だの理系だの区別する前に、この詩はぜひ一読をおすすめしたい
若い人たちに、と強く思った。
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by iwashido | 2014-11-29 10:33 | 読書日記 | Comments(0)

11月22日(土)に「図書館大好き わたしとあそんで」の小さな学習会を開きます。
時間は午後1時開場、1時15分頃よりスタート。
場所は珠洲市立図書館2階の和室(階段上がって右)。
テーマは「学校図書館にできること」という題で、
石川・学校図書館を考える会の代表・下崎睦子さんをお招きしてお話を聞き、交流するのが主旨です。

思えば10年前。珠洲に来て、子どもの通う学校の図書室が、会議室・倉庫状態に近いことに
驚き、まず棚整理のボランティアに入りました。その翌年、読み聞かせボランティアグループを
発足させ、朝読書の時間に読み聞かせなどを行う活動を開始しました。
しかし、「読み聞かせ」「ボランティア」ではできない、専任で専門の司書のいる学校の図書館の輝きを
知るにつれ、ただボランティアをやっていたのでは本質に届かないことに危機感を抱き
通信教育で司書の資格を取りました。
その後、今から5年前になりますが、「図書館を考える集い」という名前で
津幡図書館の初代館長・前田幸子さんを呼んで学習会をしました。
その時はそれ1回で終わってしまいましたが、翌年から珠洲市の学校にも司書が配置され、
少しずつ人数が増えて、今では4人の司書さんが市内12の小中学校を担当しています。

今、珠洲市でも新しい図書館の建設に向けて、検討委員会が立ち上がりました。
市民の意見をもっと交わそう、新しい図書館を楽しみにしようという会も始まり、
これまでに2回、集い(ワークショップ)が持たれました。
なんというか、やっと、やってきたことがつながったという思いで感動しています。
時代が動いた。あきらめずにつづけること。徳川家康の待ちの攻め方に学ぶ点はあります。

図書館・学校図書館。違いは何? 同じことは何? できることは何があるの?
人口の少ない・民主主義がなかなか成熟しないところで市民の合意を作るには?
そもそも図書館は必要なの? 文化って何?

考えればきりがない連想ゲームになりますが、とにかく人と人・人と本をつなぐために
私たちに何ができるか、考えるきっかけづくりになることを期待して、今回の企画をやっています。

(主催:「石川・学校図書館を考える会奥能登メンバーズ」改め
     図書館大好き・わたしとあそんでinすずのと /共催:LOGOS文庫) 
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by iwashido | 2014-11-16 14:17 | いわし洞文庫 | Comments(0)

本と出合うタイミング

1年に出版される本は現在どれほどの量なのか、
数値としてすら知らないけど、すべての新刊を読むのはまず不可能。
新刊書店でなくても新古書店ででもいいけど、100円の本ですら購入を迷ってた時期もあった。

今すこし余裕ができて(精神的に)、本当に自分が読みたかった本と、背どり的な意味合いの本
を区別できるようになった。必ずしも新刊でなくても、図書館でですら出会いにくい本と
目の前で(棚の中で)出会えるのはちょっとうれしい。

小川洋子の『シュガータイム』、別にそう珍しい本でもない。
きっと図書館で探せばあるだろう、でも買ってしまった(新古書店で)。
理由は、とある新聞の読書週間特集の記事で、食べ物関連本のおすすめで
あげられていたから。

一時的な摂食障害に陥った女子大学生と、身長があまfり伸びない
血のつながらない弟が出てくる。それから肉体関係にならない年上の恋人。
トピックスだけあげつらうとすごく週刊誌的だけど、そこは小川洋子の描く
静謐な世界で何の祖語もなく話が進んでいく。
読み終わってなんとなくだけど、『博士の愛した数式』に通ずるモチーフを感じたりした。

最近、現実世界で、「ひらめき(直観)」の重要性を感ずる。
なんとなく、ふと、思った(ひらめいた)いつもと違う感じや違和感は
きっと大切にしたほうがいい。世界が論理的にだけ構成されているという証拠はないのだから。

この前、大きな棘を抜こうとした。
抜けたかどうかはわからない、でも傷が棘になっていた(象徴的に)。
抜けたかどうかはわからなくても、自分は今けっこうすっきりしている。
傷があるままの自分を受け入れられるような気がしている。
だからもう無理に癒されなくても構わないのです。
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by iwashido | 2014-11-11 21:47 | 読書日記 | Comments(0)