亡き祖母の教え。

実家の祖母はもう15年以上前に他界したのだが、
それなりに含蓄の深い人だった。
冗談と嫌みの中間のようなつぶやき、というか苦言?をよくしてくれた。
私がよく言われたのは

「水清ければ、魚住まず、と言ってな・・」

何が言いたかったのか、今ならよくわかる。
昔から(今でも?)青くさい理想を掲げ、正論を押し通し、だってこっちが正しいじゃん!
と譲らなかった。友達なんていなくても平気だった。
私は私、一人でわが道をずんずん進んでいった。
でもその先は、行き止まり。
今ならそのことの愚かさが、よくわかっていたはず、だった。

つい最近、またしても同じ過ちを犯しそうになり、
いや犯していたのかもしれず、自分では正しいと思っていたことが
じつはとんでもない思い間違いだったようなコペルニクス的転回に遭遇した。
これはけっこうなショックであった。

結局のところ、あまりにもきれいな水には、雑多な魚は住めない。
山の清流には岩魚か鮎しか住めないように。いわしなんて住むどころじゃない(ちょっと違うか)?

システムの中で、組織の中で、何かを変えていこうとしたら時間がかかる。
たった3年で何かができたと思っていたのが間違いだった。
私には何も見えていなかった。
今までかかわった人たち、ごめんなさい。

夢の中で、生徒が図書カードを持って本を借りに来てくれた。
これは何よりのGOOD NEWSである、と思いたい。
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by iwashido | 2016-03-27 11:49 | 朔のつぶやき | Comments(0)