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クリスマスイブのプレゼント。

PR誌「ちくま」2017年1月号(通巻No.550)の表紙が変わった。
これまでの落ち着いた雰囲気(酒井駒子)から一気にPOPな感じに。
想定読者年齢を下げたか、下げたいか。
若い読書人を取り込まないことには出版界の未来は暗い。

表紙変わったついでに、本文の書体とレイアウトも若干の変更が。
執筆陣は継続あり新規参入ありで、これまでの続きなのだけれど
何かが変わったか、変わろうとしている意思は伝わってきました。

そんでもって今回の「ちくま」は、わりといい。新年号だし? 気合入ってるし?
巻頭の橋本治「遠い地平、低い視点」31は、いつも通り。言って欲しかったことに名前をつける
センスは抜群の橋本節。今回のサブタイトルは「自己承認欲求と平等地獄」。
思い当たる点多々。自己主張ではなく「自己承認欲求」が蔓延しているネット空間…。
私たちはもうそこから抜け出せないのか? そんなに幼稚になっているのか、今の知性は。

続く「「母」という役割の大切さ」(森田展彰/『「母と子」という病』(高橋和巳/ちくま新書)の紹介文)
は、思い当たることずばり。私はSタイプでした~。まだ終わってない、「母と子」の関係。
他の連載ならびに、新刊紹介エッセイもいつもより身に沁みるものが多い。
しかしなかでも、特筆すべきは新連載エッセイのこれ。

上野千鶴子の新連載「情報生産者になる」第1回。
目から曇りが覚めるような、冷静な構造分析に、学問てこういうこと! と快哉を叫びたくなる。

「研究とは、まだ誰も解いたことのない問いを立て、証拠を集め、論理を組み立てて、答えを示し、相手を説得するプロセスを指します。そのためには、すでにある情報だけに頼っていてはじゅうぶんではなく、自らが新しい情報の生産者にならなければなりません。」(PR誌ちくま 2017.1月号の20Pより)

情報はノイズから生まれる、この情報工学の基本も、そうだよな~と思う。
ちょっとした違和感、ゆがみ、ずれなどの「?」感覚が、なんか変だなという感じが問いへの第一歩。
だからきっと、日常が大事なんだ。カントのようにとはならなくても、いつも決まった時間に
決まった行為を行うという繰り返しの中でこそ、「いつもと違う」何かが見出される。

まあ詳しいことはこの文をぜひ読んでほしいのだけれど(フェミニストでも、フェミ嫌いさんも、著者に対する偏見なしに、この連載をフラットに読んでほしいと望む。。大きな書店に行けば、レジ周りに「PR誌ちくま」あるかも。もしくは金沢などの県庁所在地図書館にならあるんでないかな~。県立図書館にはあるでしょ!?)

問いを立てよう。
まだ誰も解いたことのない問いを。
オリジナリティとは何か。過去を知ることからしか始まらないなにかもある。
ずっとインプットしてきたことを、そろそろ本気でアウトプットに回さないと。
自分の中で異臭を放って発酵して別物になってしまわないうちに。

いろいろな気付きを与えてくれる、今の日常に感謝。(L)
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by iwashido | 2016-12-24 13:05 | 読書日記 | Comments(0)

「図書」12月号(岩波書店PR誌)に。

岩波書店のPR誌「図書」を毎月読むことができる環境にいる。
12月号を、先日眺めていたら面白いトピックスに出くわした。

「本のある風景、ない風景 -北海道から」というタイトルで
荒井宏明さん(一般社団法人 北海道ブックシェアリング代表理事)が書いた記事である。

内容はまあ読んでほしいわけなんですけど、広大な面積を誇る北海道で、
現実に「本屋がない地域」「学校図書館でさえ鍵がかかったままの校区」は存在する。
その現実をなんとかしようと、2008年に「豊かな読書環境を格差のない読書機会のために」
札幌の教育関係者と図書関係者が集まって結成された「北海道ブックシェアリング」。
その活動の過去と現在が語られている。

反応のポイントは各所にあって、それを述べていたらどんだけでも書けそうなのだが
1つに絞れば、次の箇所に思わず線を引きそうになった。

「本を売って儲ける事業ではなく、まちのなかにそれとなくある本屋がやっていける方法は
ないかをさぐる「社会実験」の事業なので・・・(中略)・・生の声をとにかく引き出す。」
とあるこの箇所。

LOGOSがやっていることも、まさにこれに近いじゃん!
奥能登で古本屋がやっていけるかどうかの、社会実験!!

「本を売って儲けた」くないわけではない。
儲かればいいと思う。でも、現状ではそれはなかなか難しい。
今の現状では「一般社団法人(もしくはNPO)古本LOGOS」の状態である。

古本屋で非営利っていうのは、本当は矛盾だと思う。
商売は本来、売れてなんぼ、買ってなんぼ、の世界。経済ではなく商いの論理として。
でもいまの現状では。
一般社団法人(もしくはNPO) LOGOS として、この冬は活動しようかな、って思った。

「古本LOGOS」としての作戦は、別に計画中です。
ぜんぜんやめるつもりなんて、ありませんので(笑)
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by iwashido | 2016-12-12 11:20 | 朔のつぶやき | Comments(0)

日常としての「本屋」

2016年の月イチLOGOS終了~。
まあ来客0でなくてよかった。別に0でもいいといえばいいのだけど。
ちょっと前までは、自分社交的でもないし、GIVE&TAKE苦手だし友だち少ないし
だからか? などと懐疑的だったが、
もともと、「自分が一人で過ごす時間と空間の確保」が主目的だから
無理して人に来てもらわなくてもいいのだ、と割り切れた。

なら、一人静かに、やっていることも伝えずに、内側から鍵かけて
いればいいわけだし、そういうこともたまにする。
でも、月に1回くらいは。ここが一応「古本屋」であることを暴露したい。
自分にとっては、それは「イベント」ではなく「日常」。
イベント告知をしてわざわざ、来てもらいたいわけではなく、ただ普通に、
なんか本読みたいけど、あ、ここ(古)本屋じゃん、て感じで来てほしいわけなんだけど
そういうのは、無理なのだろうか。

言ってること矛盾してるかもだけど、今の自分の生活では定期開催は月1が限度。
実際はもう少しひんぱんに行ってるけど、確約できるのは月1だな。
そんなんで「イベント」ではなくて「日常」にせよ、というのは無理な話なのは分かってる。
品ぞろえも不十分、値段もよくわからない、どれが売り物でどれが売り物でないのかも
不明確、そんなところにお金を払いたい人なんているわけない。

なんのために、ないお金使ってこの場所を維持しているのか
時々不安になる。物好き。酔狂。無駄使い。そう思う時もある。
こんな場所、誰も必要としてないじゃん、て腹立てることもしばしば。
上手く言えないけど、でも、無目的に、あびるように、本がある場所があったほうが
精神衛生上、いい。ネットじゃなくて、リアルプレイスで。
それはここじゃないかもだけど(浴びるほどの本はないしね)、
でもある種のセンスと縁で集まってきた本たちは、
ほんの少し、微々たるものだが、悪くはない感じで並び始めている。

まだまだ途上、始まったばかりなのかもしれない。
カフェではなく、本屋もしくは古本屋。
イベントではなく日常。
それがこの「月イチLOGOS」のコンセプトである。
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by iwashido | 2016-12-04 23:05 | ロゴス&LOGOS | Comments(2)

少しだけ、佳くなりつつある。

なんかわからんけど、ちょっとずつ進んでいる。
ずーっとダイヤルアップでしかつながらなかったネット接続が、
ルーターを以前のものにもどしたら少し状況改善された。

解けなかった数学の問題が解けたようなかんじ?
同じところで何度も何度もミスして越えられなかったハードルが
ひょんなことで越えてしまった、あれ、私何したっけ? という感じです。

まさかまさか、自分にはそんなの無理~と思っていたことが、
実は誰も言ってくれないけどそれこそあなたがするしかないのよ、
という自明なことを、本人だけが拒否していた、そんな事実も。
ここまでくればもう開き直るしかない。

私はLOGOSで、(象徴的に)
ここもIndiaで、(仮象として)
まあ良くも悪くも今生きているこの事実に。
目を背けることはできないんだってこと。

時間ないけど。頑張ってみます。
(本人にも意味不明な文章があります、この章。)
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by iwashido | 2016-12-03 23:20 | 朔のつぶやき | Comments(0)

「新月いわし洞」から「古本LOGOS」への変遷と変転。


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