2月正月。

2月です。
明日は節分、明後日は立春。
寒いことは寒いけど、少しずつ春は近づいています。

そんなんで背景(スキン)を少し変えてみました。
気まぐれにときどき変えています。
またしばらくしたら、変わりますでしょう。
その変遷を目にできた人はラッキーかも?
(それくらいまめに投稿できればいいのだけれど・・・・)
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# by iwashido | 2015-02-02 06:03 | 季節のできごと | Comments(0)

時代遅れ

いろんなことが急速に変化している。
私たちが子どもの頃は、自宅に黒い電話があって、呼出(呼)というのも
クラス名簿にまれにあった。それがそのうちいつのまにやら
どんどん影が薄くなり、いまやデフォルトは「携帯電話」になっている感さえある。
そしてちょっと前までは、メールといえばPCメールアドレスで、
PCが家にあってインターネットが自宅で閲覧できることが特権的な時期もあった、
しかし今やブラウザの主流の半分はスマートフォンと呼ばれる端末で
メールといえば「スマホで受信」、メールさえ時代遅れで、LINEやフェイスブックで
連絡を取り合うことが通常で、そこに登録していないというだけで情報から疎外されても
それは入っていないほうの勝手、という論理さえ成り立ちそうである。

私は昭和に生まれて、昭和の時代に学生時代を過ごした世代なので、
強引な2分法であてはめればアナログ派であろう。
インターネットはけっこう早い時期からやっていたけれど、そこで止まっている。
ブログとミクシィまではついていけた、でもフェイスブックやスカイプには乗り遅れた。
携帯もいまだガラケーで、ショートメールのみの送受信で、一部連絡先には
多少の迷惑をかけているのかもしれない。メールといえばPCメールで止まったままなのだ。

それでいいのかどうか、実はよくわからないけれど、私はやっぱり他人にそこまで
自分を広げられない狭いというか臆病な面がある。
FBで安易に「いいね!」とか言われてその数を気にする自分が嫌だ。
発言に対して「いいね」か「やだね」でしか答えてもらえないようなコミュニケーションは
いやだなと、思ってしまう。
私の理想のコミュニケーションは、ソクラテスのいう「魂の産婆術」、でも会う人全員と
そんなことをやっていては身が持たないであろう、現代では。

FBは、確かにあるコミュニティではある、しかしそれが全てと思いたくない。
拒否をしているわけではない、遠巻きに見ていることしかできない自分がいるだけだ。
いろんなこと、つっこんで語り合いたいけど、なかなかうまい方法にたどりけない。

今年の目標は「BREAK THROUGH」ブレイクスル―、壁を越えていきたいのだけれど。
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# by iwashido | 2015-01-25 15:09 | 朔のつぶやき | Comments(0)

ドーミトリー ともきんす

『ドーミトリー ともきんす』(高野文子)を読むことができた。
書評等で取り上げられたのも読んでいたが、やはり実物にまさるものはない。
漫画という表現形式を借りた、一流の理科本ブックトーク。
これは高校図書館の蔵書に必備かもしれない、とひとりごちる。

知らない人のために説明すると、高野文子という漫画家さんの作品で、
架空のドーミトリー(寮)ともきんす、に、
トモナガくん(朝永振一郎)、マキノくん(牧野冨太郎)、ナカヤくん(中谷宇吉郎)、ユカワくん(湯川博士・・名前忘れた、ノーベル賞受賞者の)という4人の学生さんが住んでいるという設定で、
彼らの著作物やエッセイ・日記・本の紹介になっている。

幸いなことに、朝永振一郎著作集(みすず書房)が手近にあり、トモナガくんの若き日の
滞独日記を漫画と並行して読むことができた。
これがなんともすばらしい。ユカワくんとトモナガくんは専攻を同じくする(物理学)学生で、
ユカワくんのほうが先に功績というか論文を認められ、世間に知らしめられた頃、
トモナガくんはドイツに留学し、なんとも言えない、少し悶悶とした日々を過ごす
その頃の日記が、著作集の別巻2「日記・書簡」に掲載されている。

トモナガくんは泣き虫で、「ぼくは物理なんてきらいです」と、漫画の中のトモナガくんは
ノタマウのだが、その感じと、日記の読後感はパラレルである。
また、ボタニスト(植物学者)となる前のマキノくんも漫画に出てきて、
牧野植物学大図鑑(だったっけ?)はさすがになかったけど、類似品の北隆館の
牧野植物画を拡大して使用してある図鑑ならあって、そこに出てくる植物がはどれも
「植物観察には虫眼鏡と筆がいちばん」と言い切るマキノ直筆の愛ある植物図が
たくさん載っていて、デジカメのない時代だからこそ、人は自分の目を信じて
真実に迫ろうとしていた気迫というか愛をひしひしと感じてしまった。

ドーミトリーのモデルは、北海道にあったという中谷博士の別荘だそうだし、
なんといっても万感せまるのは、
作品のおわりのほうに掲載される、「科学と詩」を考察したのユカワくんの詩であろう。
いま手もとに『ドーミトリーともきんす』がないので、正確な引用はしかねますが、
この詩は素晴らしい。科学と詩は、同じところから出発して
たどる道筋は違うけれど、行きつく先(目指すもの)は同じはず・・というような
書いてしまえば味気もない結論が、明確な論旨とイメージで表現されています。
文系だの理系だの区別する前に、この詩はぜひ一読をおすすめしたい
若い人たちに、と強く思った。
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# by iwashido | 2014-11-29 10:33 | 読書日記 | Comments(0)

図書館大好き わたしとあそんで

11月22日(土)に「図書館大好き わたしとあそんで」の小さな学習会を開きます。
時間は午後1時開場、1時15分頃よりスタート。
場所は珠洲市立図書館2階の和室(階段上がって右)。
テーマは「学校図書館にできること」という題で、
石川・学校図書館を考える会の代表・下崎睦子さんをお招きしてお話を聞き、交流するのが主旨です。

思えば10年前。珠洲に来て、子どもの通う学校の図書室が、会議室・倉庫状態に近いことに
驚き、まず棚整理のボランティアに入りました。その翌年、読み聞かせボランティアグループを
発足させ、朝読書の時間に読み聞かせなどを行う活動を開始しました。
しかし、「読み聞かせ」「ボランティア」ではできない、専任で専門の司書のいる学校の図書館の輝きを
知るにつれ、ただボランティアをやっていたのでは本質に届かないことに危機感を抱き
通信教育で司書の資格を取りました。
その後、今から5年前になりますが、「図書館を考える集い」という名前で
津幡図書館の初代館長・前田幸子さんを呼んで学習会をしました。
その時はそれ1回で終わってしまいましたが、翌年から珠洲市の学校にも司書が配置され、
少しずつ人数が増えて、今では4人の司書さんが市内12の小中学校を担当しています。

今、珠洲市でも新しい図書館の建設に向けて、検討委員会が立ち上がりました。
市民の意見をもっと交わそう、新しい図書館を楽しみにしようという会も始まり、
これまでに2回、集い(ワークショップ)が持たれました。
なんというか、やっと、やってきたことがつながったという思いで感動しています。
時代が動いた。あきらめずにつづけること。徳川家康の待ちの攻め方に学ぶ点はあります。

図書館・学校図書館。違いは何? 同じことは何? できることは何があるの?
人口の少ない・民主主義がなかなか成熟しないところで市民の合意を作るには?
そもそも図書館は必要なの? 文化って何?

考えればきりがない連想ゲームになりますが、とにかく人と人・人と本をつなぐために
私たちに何ができるか、考えるきっかけづくりになることを期待して、今回の企画をやっています。

(主催:「石川・学校図書館を考える会奥能登メンバーズ」改め
     図書館大好き・わたしとあそんでinすずのと /共催:LOGOS文庫) 
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# by iwashido | 2014-11-16 14:17 | いわし洞文庫 | Comments(0)

本と出合うタイミング

1年に出版される本は現在どれほどの量なのか、
数値としてすら知らないけど、すべての新刊を読むのはまず不可能。
新刊書店でなくても新古書店ででもいいけど、100円の本ですら購入を迷ってた時期もあった。

今すこし余裕ができて(精神的に)、本当に自分が読みたかった本と、背どり的な意味合いの本
を区別できるようになった。必ずしも新刊でなくても、図書館でですら出会いにくい本と
目の前で(棚の中で)出会えるのはちょっとうれしい。

小川洋子の『シュガータイム』、別にそう珍しい本でもない。
きっと図書館で探せばあるだろう、でも買ってしまった(新古書店で)。
理由は、とある新聞の読書週間特集の記事で、食べ物関連本のおすすめで
あげられていたから。

一時的な摂食障害に陥った女子大学生と、身長があまfり伸びない
血のつながらない弟が出てくる。それから肉体関係にならない年上の恋人。
トピックスだけあげつらうとすごく週刊誌的だけど、そこは小川洋子の描く
静謐な世界で何の祖語もなく話が進んでいく。
読み終わってなんとなくだけど、『博士の愛した数式』に通ずるモチーフを感じたりした。

最近、現実世界で、「ひらめき(直観)」の重要性を感ずる。
なんとなく、ふと、思った(ひらめいた)いつもと違う感じや違和感は
きっと大切にしたほうがいい。世界が論理的にだけ構成されているという証拠はないのだから。

この前、大きな棘を抜こうとした。
抜けたかどうかはわからない、でも傷が棘になっていた(象徴的に)。
抜けたかどうかはわからなくても、自分は今けっこうすっきりしている。
傷があるままの自分を受け入れられるような気がしている。
だからもう無理に癒されなくても構わないのです。
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# by iwashido | 2014-11-11 21:47 | 読書日記 | Comments(0)

Under The Moon

見ましたか、月食? 

私はみた、というより「体験した」。

月食の月の下でヨガを体験@鉢が崎。

人生、変わりそう? 変わるかな? 変えてみせるさ。

頑張れ、自分。
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# by iwashido | 2014-10-11 22:18 | 朔のつぶやき | Comments(0)

自分の仕事をつくり、ひとの居場所をつくる

「・・それは専門家にしても同じなんです。フリーハンドで、つまり枠組みそのものを再設定しながらビジョンを描くというか、プランニング出来る存在が、日本にはほとんどいない。
 そのためのステージが存在しないんですよ。
 「計画 → 即事業 → 即設計」という感じで施工まで一気に進んでしまう。
 たとえば公共事業にしても、地元に予算が落ちるようにとか建設業の仕事を増やしたいとか、そういう動機で先に決まってしまっていて、「これ本当に必要なの?」と思っても、そこを否定した途端プロジェクトが丸ごとなくなってしまうような。
 「本当にこれをつくっていいんだろうか?」とか、
 「これをするならどうやるべきか?」というところを自由に考えて仕切れるプランナーが育っていないし機会もない。だからなにも生みだされてこない。
 結果として、そのときどきの掛け声やスローガンはあっても、長期的なビジョンが生まれないんです。
 でもそれを持ち合わせていないと、個々の問題や事情ばかりが浮き上がってしまう。」

 ~『ひとの居場所をつくる ランドスケープ・デザイナー田瀬理夫さんの話をつうじて』西村佳哲著/筑摩書房より ”ビジョンに根拠は要らない”p102~103 の一節を転記。

 西村佳哲氏は彼が『自分の仕事をつくる』という本を筑摩書房から出版したころから注目していた。
 彼の問いの立て方が自分の問題意識に近いように感じたからだ。一度お手紙を出してリビングワールドのポストカードか何かを購入したこともある。デザインにとどまらず、働き方・生き方を研究しデザインするという発想が新鮮だった。

その後も彼は何冊か著作を出し、各地でワークショップや講演なども重ね、変わらず「つくる」「書く」「教える」仕事に携わっているようだ。そして私は最近この本(『ひとの居場所をつくる』)を見つけました。

考えていることはいろいろあって、そのときどきでつぶやいたりさけんだりしながら、いくつかのことはつぶやきが現実になり、何も進化していないわけではない。でも、根本的なところで、根源的に、議論したりはなしあったりということが出来にくい状況ではある。問いの立て方が悪いのか、進め方、誘導の仕方が未熟なのか、話してすっきりしたということはあるが、じゃあどうしたら、というところにまで遡っていけない。べつにそれで日常が困るというわけではないが、何か新しい動きが出る時に、もっと適切なサポートができるようになれていない。

なんというか、答えが見えてきそうで、でも陽炎のように消えていく。
「仕事」というより「仕組み」というか生き方というかライフスタイル。
お金を生み出すのもそうだけど、つながりをつくるとか問題解決の方法を知るとかそういうこと。

私は思い上がっていたのだろうか。
もっと謙虚に何事からも学べる人になりたい。
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# by iwashido | 2014-09-20 11:35 | 朔のつぶやき | Comments(0)

今日は新月

8月25日。
今日は新月です。

何か新しいことを始めるには良い日。

というわけで、新しいOSに入れ替えてみました。
(XP → Ubuntu へ。)

このブログが初エントリー。

そんな難しいことにPC使わないから、当面はこれでやってみます。
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# by iwashido | 2014-08-25 00:01 | 朔のつぶやき | Comments(0)

お盆です

今年はお盆に五日間の連休が取れました。
とはいえ、うだうだと家にいる日々。
例年にない雨のお盆となっております。

片付けるべき課題をこなして、この週末中には
度が合わなくなった眼鏡をなおすというか、新調したいものです。

今読んでいる本・・
『ひとりの体で(上・下)』 ジョン・アービング/新潮社

お盆中にとらわれていた本・・
『ねじまき鳥クロニクル』 村上春樹/新潮社

<井戸を掘りたい。もしくは自分の井戸を見つけたい。>
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# by iwashido | 2014-08-16 12:01 | 季節のできごと | Comments(0)

図書館に関する本が。

図書館に関する本が今いろいろ手元に集まりつつある。

きっかけは『知の広場』という本を読んだことからだ。
イタリアの図書館事情を始めとする、世界的な視野での「図書館の今・知の今」をレポートした
本書は必読と思い、書評などから県立図書館で借りた。購入してもいいくらい。

目下、学校図書館とはいえ図書館で働いている立場として、日本の図書館の最低限の動きは
押さえておきたく、近くで立ち読みもままならない「図書館雑誌」を購読したいがために
日本図書館協会に入会した。これは個人でだれでも入会できます。しかも非正規雇用者は
自己申告で年会費を安く申請することも可能。それを利用して図書館雑誌を読むことに。
(別に情報をうのみにするつもりはなく、あくまで相対的に利用してるつもり。)
そしたら、公益社団法人化の入会キャンペーン中で、JLA発行の書籍が1冊選べると。
なんか情報リテラシー系の本を選んでしまった。

それから、立教大学の司書課程の准教授をされている中村百合子先生のブログから
面白そうな報告書や個人出版物のお知らせを過去ログから見つけて、
勇気をもってメールで連絡してみましたら、さっそくその本が送られてきた。
1冊は『情報を判断する力』という、立教大学社会の教育講座司書課程主催の
連続公開講座の記録集で、2011年の3.11後に「情報リテラシー」がいかに発揮されたか、
もしくはされなかったかについての反省に基づいた、知のあり方・図書館の存在意義などを
ある意味深く遠い視座を以って考察するための助けになるような講演論文集だと思った。
われわれ学校図書館関係者がいう情報リテラシーを、もっと広い視座で捉えなおすことができそう。

もう1冊は、その中村先生のお仲間である足立正治先生の退職記念に作成された
「Here Comes Everybody~足立正治の個人史を通して考える教育的人間関係と
学校図書館の可能性」という本。
足立先生のことはこの本とブログで少し拝見しただけだが、竹内敏晴氏の「からだとことば」
に関する活動は私も少し関わったことがあり、『ことばが墾かれるとき』は私にとっても
重要な意味を持つ本だった。カールロジャースのエンカウンターにもお世話になったこともある。
そういうことが、学校図書館に結び付けられるということは、
私のような経歴をもつものでも、学校図書館にかかわる意味はあるんだ、
と再認識することができ、今、自分の勤務する学校図書館をどういう場にしたいかといえば、
やっぱり私も「ひろば」のような場所を学校内に作りたいと願っているので、
大変示唆に富んだ面白い内容の本である。
(関連ブログ・サイトについては後で書き直してリンクします。ブログ技術未熟者なので。)
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# by iwashido | 2014-07-26 17:29 | 読書日記 | Comments(2)

季節の味

梅雨明け宣言はまだですが、夏です。

夏といえば。

枝豆、トマト、なす、キュウリ、などの夏野菜が豊富な食卓になりつつあります。

そこに加え、昨日はなんと「鰻」をいただきまして、いただきました。
(もらって、食べた、という意味)

今年の丑の日は7月28日だったと思いますが、
その日はともかく、夏の風物詩で始まった夏休みシーズンでした。
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# by iwashido | 2014-07-21 10:48 | 食べものとかいろいろ。 | Comments(2)

たましいの場所。

先日、珠洲に はやかわよしお が来ていた。
誰それ? 知らない人には知らない話。
1947年生まれの、元歌手、元書店主、再び歌手の 早川義夫。
彼が、珠洲の民間のライブハウス(っていっていいんだよね?)、工場を改造した会場でライブを。

友だちが行くって言ってたから、行こうかな、と思ったんだけど、
新しい体験には臆病な、人ごみがあまりすきじゃない天邪鬼な私は
結局その日は外出せず家で普通に過ごしてしまった。
後日、友だちが、私のためにわざわざ買ってくれたサイン入りの『たましいの場所』(ちくま文庫)
をもらう。おお、まさにこれ。
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私は、彼の唄を聞いたことはなくて、もっぱら本の側から、
「ぼくは本屋のおやじさん」だとか、歌手だった人がなんで本屋?なんていう
本屋の側の早川義夫に興味津々だった訳です。
でもこんなチャンス、二度とはないかもしれなかったのに。
行けばよかったと激しく後悔。

もしまた数年後とかに、来珠洲する機会があるとしたなら
その時は必ず行くんだ。
心あるライブハウスの関係者さんがいたらぜひお願いしたい。
そして本と、本屋と、歌と話に耳を傾けるのだ。
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# by iwashido | 2014-07-16 10:48 | 読書日記 | Comments(2)

雨ですね

別に書きたいことあるわけじゃないけど投稿した。

雨で裏庭のアジサイが元気になってきました。
この前まで枯れそうだったのに・・・

それだけです。
今日もがんばろう。
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# by iwashido | 2014-06-13 05:59 | 季節のできごと | Comments(0)

ある土曜日の出来事。

この前の土曜日、金沢の表参道商店街(通り)?のイベントに
一日だけ出店させてもらいました。金沢で一箱古本市をしかけておいでる、あうん堂さんたちの
「おでかけ本隊」のお仲間にいれてもらいいました。
この横っちょぽけまーとは、手作り雑貨がメインの、その中に飲食あり、体験教室あり、古本隊ありの
なかなかバラエティに富んだ、ゆるやかなイベントのようです。
本を目当てにがっつり人が来る、というのではありませんが、お子さんづれや老夫婦、自然派ライフを楽しむ家族、ふつうのカップル、などなどいろんな方たちが古本テントの前を通り過ぎ、本を手に取り、お買い上げいただきました。

そのなかで、ちょっとだけ気になる場面がありました。2、3組の親子づれでこのイベントに訪れたような母と子ども(小学生)。午前中に一度立ち寄り、閉店間際にまた立ち寄ってくれました。
私が出店していた本ではなかったけれど、ブースを分け合ったあうん堂さんが、小学生向けの読み物や図鑑などを並べた箱から本を手に取り、子どもは図鑑が欲しかったようなのですが(古本なのでせいぜいが300~500円、100円の本もあり)、お母さんなかなか「買う」とは言いません。
あげくには「○○ちゃん、この図鑑、すこし古いのだよ。図鑑はやっぱり最新のがいいから、図書館で借りてもいいし、ここで無理に買わなくても。」
私は内心「え~!」って思ってしまいました。
そのお母さん、とてもおしゃれで、金銭的に苦しそう(?)という雰囲気はみじんもなく、決して教育に理解がないタイプには見えません。その子は、できればここで何か1冊本が欲しい、読みたい、買ってほしいオーラありありで、「買う、買って、読みたい」というようなことを連発しているのですが、なまじ教育熱心なだけに
「古い図鑑を買う」のはいくら安い値段でも得策ではない、と考えているようでした。

最終的には、その子が欲しがっていたうちの1冊である、マンガ物知り百科、みたいなソフトカバー本を100円で1冊かってもらいましたが、その時の子どもの嬉しそうなこと! お母さんから100円もらって、じぶんであうん堂さんにお金を渡して本を受け取っていました。

図書館で本をかりることを否定するわけではありませんが、図書館の本はしょせん借り物、
見えない鎖につながれた公共の本です。時期が来たら返さなければいけません。
まあ最新の図鑑がいいのはもっともではありますが、多少古くても、図鑑とはこういうもの
であると体験したり、基本的な物事を学んだり知識をえるには役にたつこともあります。
世の中の保護者さんたち、ぜひ本を買うお金を必要以上に縮小させずに、
ある程度の無駄も覚悟で、身銭を切って本を買うことの大切さも教えてほしいものだと、
思ってしまったのでした。
(身銭をきって本を買いすぎてきた体験より。)
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# by iwashido | 2014-05-18 22:59 | 朔のつぶやき | Comments(0)

連休。

世間は連休である。
とはいえ、自分も連休であった。
とはいえ、人ごみが嫌いなので、ことさら出かけようとは思えなかった。
そんなわけで、実にのんびりとした4日間を過ごしてしまった。

平日はめまぐるしい。時間がないわけではないが時間に追われてしまう。
本を読んだり、考えたりする時間の確保が難しい。
それが休日にしわ寄せてくる。
休日もイベントやお出かけが入ると、読んだり考えたるする時間が取れずイライラする。
その穴埋め的に、こういう時に噴出するんだろう。

前は、休みであればどこかに出かける予定を入れないと落ち着かなかったが、
やっとそちらの脅迫観念からは抜け出せた。
でも、今、他者に対して責任ある行動や信頼を獲得するために、
約束を守る的な、決められた日に決められたことをするある種の
行動規範が必要になった。
その覚悟を決めるための、この空白のような四日間は貴重であった。

私はわたしのことをやりとげます。
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# by iwashido | 2014-05-06 15:47 | 朔のつぶやき | Comments(0)

「新月いわし洞」から「古本LOGOS」への変遷と変転。


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