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古本LOGOSの 月1,2回古書店。

ワタシの第一阿呆列車日記(フィクションです)

6月某日 梅雨入りした日は大雨だったが、その後また暑い日が続く。
     そのくせ体調不良で鼻風邪はひくわ、脚は痛いわ、ろくなことがない。
     そんなある日、ある飲み会のお誘いがあった、北陸(金沢や富山)に
     住むある有志、同窓会みたいな感じであつまろー、というお誘い 
     である。昔なら電話や直接、もしくは往復ハガキでの出欠確認だ、
     でもいまは、SNSという最強ツールがある、LINE がある、
     年齢の差を超えて誰でも気軽にお誘いできる、そしてまた断るのも
     昔ほど気兼ねはない。ごめんなさい、都合悪くて、次回また、
     それだけ文字入力できれば誰に気兼ねすることもない。
     幹事が把握したいのは、結局のところ参加人数なのだから。。。

     行かない、という選択肢もあった、しかし私はそのつながりに
     幾許かの恩恵を感じている、午前中に弟夫婦と姪っ子と遊ぶ予定
     もある日だった、しかも会場は富山市内、普通なら、行かない。
     でも、一人だけ仲良くしている後輩が、先輩自宅まで迎えにいくから
     ご一緒しましょうよ、ほら車内から盛り上がってテンション上げて、
     しかも6時開始の飲み会に、3時に迎えに来るという。3時?!
     ありえん。だって、金沢ー富山って新幹線使えば30分かからんのよ?
     鈍行でいったって1時間弱。うちは比較的駅に近い。
     3時から集まるために、わたしはメイクに最低でも30分はかけたい。
     シャワーから始まるならもっと時間が必要だ。無理、自力で行くって
     言おうか。でもなあ。せっかく言ってくれているのに。迷った挙句
     3時半くらいにゆるっと来てくれるなら、いこうかな、と返信した。
     後輩は即刻了解、の絵文字を送ってよこし、同乗するあと2人の
     名前も知らせてくれた。きっと高速道路は使わないのだ、
     下道、もしくは8号線をゆっくり盛り上がりながら富山に行くのだ。
     自分が運転するならありえない選択だが、世の中は持ちつ持たれつ、
     たまにはいいのかもしれない、心の中でそう決着した。

      基本的にお酒は好きなので、飲み会は嫌いではない。職場でない
     なら全然いい。誰か意中の人がいるとか、きっかけ作り、とかの
     下心もない。楽しくワイワイとお酒を飲んで、自分では作らない
     美味しい料理やおつまみを食べて、隣あった人と会話する。
     それだけのことが楽しくないわけがない。
     当初の予定では一次会でさっくり切り上げて、列車最悪終電に乗って
     金沢へ向かうはずだった。それがカラオケいくぞー、の流れに巻き
     込まれてしまった。運転手の友達は、先輩、11時過ぎたら、
     帰りましょ、ワタシ駅まで送るし、というのでそれならいいか、
     と思ってしまった。その頃から記憶が朦朧としている。
     歌は歌った、小栁るみこと南沙織。お父さんがいつも車のCDで
     かけてくれるやつ。何回も聞いているうちに刷り込まれた歌。
     みんな「昭和やね」「なんか、なつかしソングやね」とディスほめ
     してくれる.自分では気に入っているのだけれど。
      梅ロックのサワーが引き金だった。昼間の疲れもあって爆睡した。
     同期で親友のAちゃんがいれば、横っ面をひっぱたいてでも起こして
     電車で一緒に帰ったことだろう。ところが彼女はもう結婚して
     この土地を離れた。哀しい。彼女がいれば。彼女のような親友は
     もうできない、とわかっていても、もしかしたらAちゃん来るかな、
     そんな昔の残像を求めて参加したのかもしれない。

     気がついた時には空は明るくなっていた。眠り落ちした4、5名が
     あー、ヤベー、とか言いながら目を擦りこすり起きてくる。
     幸にして会場が駅近だったのと、始発でも帰れそうな時間帯だった
     ので、もう学生ではなくボーナスが出たばかりの人もいるメンツで
     とりあえず追加料金の精算をする。基本料金は、幹事が既にカード払い
     済みで、ポイントためつつ、みんなからは現金で集金していた。
     そこまでは、覚えている。え、なにこれ、予定と違うんやけど。

     とりあえず駅まであるいた。鈍行で帰る人、富山市内在住の人、
     そして新幹線で帰るわ、と言った私の3手に分かれた。だってさ、
     一刻も早く自分のアパートに帰って、自分のお布団で寝るんだもん。
     だって新幹線なら富山金沢市、30分かからないんだから。
     始発の新幹線は空いていて、好きな座席座りたい放題なので
     自由席の、一番ドア近くの後ろに気兼ねしないでリクライニング
     出来る座席に倒れ込むようにして座った。各駅停車らしいので、
     新高岡の次が金沢だ。あー、このリクライニングめちゃいいわー、
     鈍行で帰ることにしなくてよかった、と思って目を瞑った。

     あ、起きなきゃ。気がついたら、車内の電光掲示板の文字が変だ。
     ティ、ユー、アール、ユー、ジー、エィ。。。。TURUGA?
     つるが🟰敦賀?? お疲れ様でした、まもなく終点敦賀に到着です
     お忘れ物のないようご準備ください。車内のアナウンスも変だ。
     私は金沢行きの新幹線に乗ったんじゃなかったっけ?
     ああそうか、3月に北陸新幹線は福井を通り越して敦賀まで
     繋がっちゃったんだ。え、だからってなんで私が敦賀に来るのよ?
     敦賀なんてさ、学生時代に高速で嫌になる程往復しました、小浜
     だっていきました、だけどその頃は新幹線なんて夢だった。
     憮然とした顔で座っていると、車内乗務員のお兄さんがやってきて、
     お客様、どうされましたか、ああ、乗り越してしまわれたんですね、
     悪意はありませんね、それなら誤乗車ということで、このまま
     金沢までお帰りになることができます、幸いなことに5分後に向かいの
     ホームから金沢行きの新幹線が発車します、自由席であれば大丈夫です、
     そう言われてわたしは敦賀駅の改札を出ることもなく、そのまま
     当初の目的地に向かって再び新幹線に乗ることになった。

     わたしの計算では七時には(本当は12時までには)自分のアパート
     に戻って布団乾燥機をかけたばかりのあったかいお布団にくるまって
     眠っているはずだった。それなのに。それなのに。
     アパートに着いたときには午前9時を過ぎていた。
     馬鹿らしい。電車に乗るためだけに電車に乗ったようなもんじゃん。
     これってだれかの小説にあったっけ?
     ほら、借金してでも電車に乗った人。着いたらすぐ、また折り返しの
     電車に乗ってヒマラヤ山系君といろいろ旅した人。阿呆列車とか
     いう本の背表紙をお母さんの本棚で見たような気がする。
     もういい、とにかく今はお布団でねるのだ、スマホの電源も切って、
     iPadもオフにして、誰からの問いかけにも対応しません。
     U子の脳みそはいまもう眠気で溶けそうなのです。
     ですから皆さんは、くれぐれも乗り越しすることないよう、
     アラームなどをきっちり設定して始発電車にお乗り下さい。
     これがワタシの第一の阿呆列車日記となりました。
      (フィクションです)
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# by iwashido | 2024-06-30 23:02 | 朔のつぶやき | Comments(0)

海にでるつもりじゃなかったのに(続)

5月某日 (ちょっと日にちが戻ります)
     金沢に出てしまえば、日本中どこでもいけるなぁ、という気持ちになるくらい
     半島の先というのは、遠方だ。若い時はそうでもなかった、日帰り平気(今もだけど)、
     この距離を遠いと思ったら奥能登では暮らしていけない、そう思い込もうとして
     自分なりには頑張った、でも今は、道の状態がまだ完全には治っていないのと
    (それでも元旦に比べれば格段によくなったのだけれども)、心理的負担、要するにストレス
     ですかね、まあいろいろ重なって、えいや、っと思い切らないと出ていけない。
     だからA氏からのお誘いが呼び水になって、もしかして私、新幹線乗ればどこへでも行ける
     んじゃないの? 出張扱いで出張費にすれば経費で落とせますか? などなど悪知恵も働き
     金沢に一泊して、翌日敦賀まで開業したという新幹線に乗り、京都を目指した。
     わたしはサンダーバードが好きでした。ゆっくりお弁当食べて京都まで一本で行けるのは
     サイコーでした、でもでもでも。なぜに皆はスピードを競う? 8分で乗り換え?
     モタモタする暇を与えない程、停車の3分前から出口前に行列ができ、停車してからお立ち下さい
     というアナウンスもなんの、しかもサンダーバード全席指定ってどういうことよー!
     と突っ込み満載の京都行。湖西線、いいよね。山の方ばかり見ていました。

     京都には大学時代の友人がいて、いろいろ事情があって子どもも巣立ち、一軒家一人暮らし
     なので、泊めてあげるよ、と言ってくれる。数年に一回くらいお邪魔している。
     図書館司書の通信教育のスクーリングも彼女の家から通った。
     京都よりは奈良に近い辺りなのであるが、京都は京都だ。大都会なのだ。

     彼女は日経新聞の読者で、読者プレゼントで「キュビズム展」の招待券プレゼントに当り、
     月曜日の夕方からだけど、行く? 2名までOKなのだよ、ということで、おすそ分けの
     1名にしてもらう。彼女はとても行動的で、しかもちょうど今年の3月で職場を
     定年退職して、まあ再就職活動中なのだけれども、話を聞くだけでもうらやましいほど
     いろんなところに出かけている。ポイ活も大好き、飛行機にのるために飛行機に乗って
     マイルをためて、本当に行きたいところに格安でいったり、ともかく発想が異次元である。
     京セラ美術館に行く前に、近くにある有名なホテル(もと都ホテル、今は外資が買収、
     VIPがたくさん泊まったり、レセプションパーティを開けるようなホテル)への無料シャトル
     バスに乗っていく。これも、涙ぐましい努力の末に勝ち取った会員カードのおかげらしい。

     Comfortというのはこういうことであるのか、というくらい居心地のよい空間。
     椅子、花器、飾ってある絵画、使われている石材など、格安ビジネスホテルで充分な
     我が精神が恥ずかしくなるほどに、奥行きと精神性を感じた。お金を払ってまで
     泊まろうとは思えないけれど、たまに来るのはいいな、、、と思った。庭園もあるしね。

     そしてキュビズム展、「現代アートを幼稚にした」という自覚のある一文とともに
     あまり個人的には好きくないいかにもなドラえもんより好きにはなれない金色の物体
     をみてそうか、現代アートは「幼稚」であることが価値なんだ、と理解し、
     ここ数年の現代アートブームの流れがよく分かった。アートというなら今の珠洲の風景
     こそまさにアートではないか。もうこのまま「震災アート」として永久保存しろや、
     と言ってしまいそうになるほどに精神は荒廃している。

     「キュビスム展」は良かった。セザンヌが、遠近法を無視した絵を描いたことが
     キュビズムへの道を開いたということらしい。物体を分解する。方程式のない因数分解か。
     もともと抽象画の方が好きなので(クレー、ミロ、Kandinsky展を学生時代に見たのが始まり)
     おおおー、という感じである。ありのままでないほうがよく伝わる、というものがある。
     一連の発展の歴史もよくわかった。途中「ロシアアバンギャルド」の作品が3枚ほど展示されて
     いたが、ここだけ漂ってくるものが違う。西洋史ではない、なにか。土着的、というかロシア的?
     ロシア正教と、ギリシア正教は仲良しなんだってね、ローマ帝国に屈しなかった二つの精神。
     加賀と能登みたいだな。経済性メジャーには乗れなくて、骨太で異質で田舎臭いなにか。
     ドストエフスキーやチエーホフが描き出そうとしたものに通じる何か。
     いまはよく言語化できない。もっと、本そのものを読まなくちゃね。元気になったらね。
     (わたしは、展覧会で作品写真を撮影することは好きじゃないので、掲載できる画像はないです。
      時間もぎりぎり2時間目いっぱいみていたので、ポストカードも1枚も買わなかったのは残念。)

     わたしにできることはなんだろう、できないことばっかりでめげそうになる、
     どこにいけばわたしのComfortは見つかるのか、、、長い旅は始まったばかりだ。
     あと最後の30年を、健康で幸せに生きることができるように、もっと自分に正直に
     なろう。大きな変化が始まりそうな予感がする五月の終わりであった。
   
海にでるつもりじゃなかったのに(続)_c0107612_10431436.jpg

# by iwashido | 2024-06-09 10:47 | 朔のつぶやき | Comments(0)

6月6日に雨ザーザー降ってこなくて。

6月某日 一年で(当店にとっては)もっとも重要な催事への参加に
     今年も声をかけていただき、搬入してきた。
     とは言え、途中何度も諦めかけた。できない、もう無理、
      今のわたしには限界を超えていると悲鳴をあげた。
     出店辞退さえ、マジで考えた。だってもう本なんて触るの苦痛。
     読めるのはマンガだけ。寝ていたい、横になりたい、
     選書もマンネリだし、出る意味なくなくない? と思った。
     それを助けてくれたのは、やはり家族であった。

     だいたいがね、一ヶ月ちょっと前まで水も満足に来なくて、
     給水所にペットボトル持って満タンにして、それでご飯といで
     みそ汁つくって、食器洗うのはウエットテイッシュ。風呂は銭湯、
     洗濯はコインランドリー、という生活を回しながら、
     不機嫌な芝犬の散歩に行き、4時か5時で閉まるスーパーで買い物の
     算段、ただでさえ具体が苦手なわたしには苦痛でしかない日々。
     ブックオフにも行きたくない、新刊書店で漫画読むのが生き甲斐の
     ようになっていた。。。

     けっきょくは今回は、バイトのろばのろごすくんに全部やって
     もらったようなもの。助けて、ドラえもんー! ののび太気分。
     私はもう古本屋は長くは続けられないかも、と思う。
     足が痛く重いものが持てないからだ。だからいずれ代表者変更する
     可能性もある、また手術になり入院するかもしれない、
     珠洲からいなくなる可能性だって否定できない

     令和6年6月6日の夕方の6時6分、我々は車の中で
     カワイイコックさん、、、のうたを歌っていました。
     「🎵 棒がいっぽんあったとさ
        葉っぱかな?
        葉っぱじゃないよ、カエルだよ
        カエルじゃないよ、○○○だよ?
        6月6日に雨ザーザー降って来て、
        三角定規にヒビ入って、
        コッペパン二つ、くださいな🎵
        あっという間に 可愛いコックーさん🩷
        6月6日に地震が起きるという予想があったそうな。
        それが、6月3日になったわけですよねー。。。
        珠洲はもう、このままでいいのではないか、とさえ思う。

        今珠洲で起こっていることは、いつか日本中で起きるかも
        しれないことだ。南海トラフは遠いことではない。
        日本は地震大国なのだから。。。
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# by iwashido | 2024-06-07 18:08 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

海に出るつもりじゃなかったのに。

5月某日  何年か前の、図書館員教育研修で名刺交換をしたA氏より
メール。金沢方面に行く予定があるから、そのついでにLOGOSに立ち寄ることは可能か、と。詳しくきけば、その週に行われるブックディとやまにも顔を出したいそう。それでは奥能登まで来るのは困難でしょう、ワタシらも今まだ素っ裸で血を流しているような状態なので(比喩です、実際はそこまでひどくはないけど、こころは。。。)それならワタシが金沢に出ますから、行きたいところご案内します、ということで同意。
かれの行きたいとこは「ヤキイモ図書室 ハレオトコ」だというので、ワタシも1人では行きにくい性質なんで便乗させてもらう。金沢駅で待ち合わせ、ドライブ マイ かー(荷物車ワゴン)でご案内。事前に、駐車場の場所は現地まで行って確認した。バス停の前の砂利の空き地。車2台駐車可能。この先の図書室がどこにあるのかは、Googleマップ見ただけではよく分からんかったけど、とりあえず車止める場所を見つけたのは収穫。そして一緒にハレオトコへ。
ペレットストーブで焼く、安納芋? 紅あずま? 食べ物の種類はよく分からない味音痴だが、アルミホイルで大きさごとに値段の違う売り方、Sサイズとか、おチビさんとか、ネーミングもセンスあるなぁ。そんなに大きくない居間にちゃぶ台があって、座布団や椅子に思い思いに座って読書する若い方数名。同行したA氏は著作もあり、天声人語で取材されるような有名人なのでどうしても自己紹介でご主人たちと会話する、その時間や、その言葉、音声音量などがもしかしたら読書子にはうるさいと思われたかも。それくらい、みな、自分と本に向き合っていた。

ここは、昔風に言えば大人も使える家庭文庫、本好きの社交場、ブックカフェともちょっとと違う、古本屋カフェでもない、ヤキイモ屋✖️図書館。ふーん、みんなどんどん自由になっていくね、もう何でもいいんだね、自分がそうしたいと思ってそうしたら、名乗ればいいんだね。実績は後からついてくる。
子ども向けの家庭文庫をやっていた時期もあったけれど、団体の暗黙のシバリがキツくて脱退した、そして古本屋をはじめたのに高校司書にもなった。司書で古本屋、でいられた時期がある意味一番楽しかったかも。

今は、地震の余波もあって、古本屋であることが、ちょっとキツイ。一年くらいゆっくり休めば、、、と言われるしワタシももうガチであっちこっち行けるほどの元気もないし、今ある在庫整理のために次の催事にでる。バイトのろばろごす君がやる気なので、今回からはSHINろごす、ってことでお願いします。でも本が売れるとうれしいのもまた事実で、毎朝メールチェックで「日本の古本屋」から注文メール来てると幸せ。それがどんなに安い本でも、損になるようなギリギリの注文でも、我が店の本を必要としてくれたことが、うれしいのだ。。。

別れ際に「もう古本屋やめて、図書室、図書館やりましょう。自分のリハビリのためでいいんですよ」と言われ、ぞの時は激しく同意したが、きっとワタシは古本屋は辞めないかも、、、と思った。売り上げが石川県イチ低いとしても、誰も来ないとじても、最果ての古本屋であることを誰かに譲ってしまう前に、せめて一花咲かせたいくらいの意地はまだ残っているようだ。

このようにして金沢に出たことが、実は家出の始まりなのであった。
(この項続く。。バイトくんが「仕事しろよ」とうるさいので。。)
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# by iwashido | 2024-06-02 10:31 | 季節のできごと | Comments(0)

イルカを海に返す日。

5月某日 火曜日
昨日、一昨日と病的に眠気に襲われ、時間があれば布団に寝ていた。
お風呂入っていても眠い、椅子にこしかけていてもあたまガクッリ、
こりゃ疲れているなぁ、そうそうに本当の眠りにつく。
翌日は晴れ、美容院に電話してみたら予約入れられたので
気分転換に髪をカット、坊主にする程の勇気はないなー。。

その後は図書館でリラックス、iPadでWi-Fi繋がるから便利ー。
今日も半分読書、1/4うたた寝、1/4仕事のメールチェック?
「全古書連ニュース」という古本組合の機関誌が500号記念
ということでとどいており、それをようやく読む気になる。
前回の499号(3月発行)では元旦に発生した奥能登地震直後の様子をレポートしたが、タイムラグもあり、被災地の状況も日々変化しており、
また地区によって進展の差異があり、私は伝えたことが被害の全てでは無い。

元々がウジウジしてたところに、2022年の6月に最初の一撃、(神社の鳥居倒壊)、そうこうしているうちに2023年5月の田植え地震(勝手に命名)、その傷も癒えぬうちに2024年元旦地震では傷の癒える暇もない、今回はとうとう存在の底に穴が開くのが見えたような、ニーチェのいう永劫回帰を覚悟するような絶望感、
つまり能登(珠洲)の地震は今回に始まったことではない。
なんども何度も繰り返し押し寄せる波のようなものだ。

禍には生け贄が必要、というのは古代文字研究からもわかるところで、
「道」の中にはいっているのは「首」、生まれた村から出ていくときには
異人の首を提灯代わりにして禍を避けたのではないか、という白川文字学の説、鵜呑みにするわけでは無いが一理はあると思う。この世はベクトルだ、眼には目を、
歯には歯を、発してエネルギーと同じものが帰ってくる、
もしくは襲われると思われる事象の予兆があるなら、なにか対抗策、バリア、呪詛などを準備することは非科学的かもしれないが、理に適う..と思う。

そこでワタシは、もう何年も前に浜辺で拾った「水生哺乳類の頭骨」を
海に返しに行くことにした、おそらくイルカのものではないかと思われる、
嫌なことがあって、浜辺に行ったら、なぜか足下にクチバシの長居哺乳類系の橈骨、事典で調べるという癖がないため、ただそのまま部屋に放置。一時は祭壇のように
祈りの場、清めの場にしていたが、最近は埃まみれの、世話はしないの、
本棚は倒れたのにいるかは無事で、でももうもてあましていた。
玄関先に出して、LOGOSのマークにしようとしたが、どうもこの辺では
異文化人類学趣向は理解されがたい気がする。。。(イメージ悪化ってこと)。
ああ、彼女は海に帰りたいんだな。。。ー何となくそうおもった。

だから返してあげることにした。
イルカを海に返す日。_c0107612_08395194.jpeg
犬の散歩のついでに浜辺まで出る。津波対策で土嚢が積んであるから、川沿いの堤防側から工事中の策を避けて海へ出る。ビーチコーミングに通ったこともあった、あの頃は楽しかった、小さな貝殻や石を拾って、石の誕生日カレンダーを作ろうとしたこともあった、でもいまでは2階はまだ廃墟にちかい、浄められてない、捨てられない怨念がいっぱいたまっている。では先達としてまずは、イルカさんを贄に捧げよう。
塩も持ってない、酒もない、ただクチバシの方を持って海のなかに投げた。
おもったより全然ちかい、だからまた波に押し戻されて浜に返ってくるかもしれない、でも次はワタシはもう拾わない、どうかこの地震が収まってくれますように、人々の健やかな日常が少しずつでも戻って来ますように、と無神論者のワタシが祈らずにはいられないほど能登は打撃を受けている.かといって必要なのは、奥能登の実態を知識としてしかしらない人が作った復興計画などではない。水関係のインフラは急務、でもそれ以外は、、焦らせないで欲しいなぁ。イルカの効果なんて、自己満足に過ぎないのは自分でもよくわかっているんだけどね。

# by iwashido | 2024-05-22 08:41 | 朔のつぶやき | Comments(0)

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