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LOGOSさんの月に1,2回古書店

人生は、楽しんだものが勝ち、なのかな?

新しい元号が「ら行」の言葉なので、ちょっと新鮮に思っています。。。
何だったかの短い文章に、「自分は「ら行」の言葉が好き」と書いたので。
らりるれろ、って、ちょっと響きが日本語離れしてると思いませんか?
「あ」行や「な」行に比べると、って話ですけど。

自分、頭硬いな~って最近思う出来事にひんぱんに遭遇。
とてつもなく既成概念にしばられている。
こうあるべき、最低限これくらいはクリアーしてないと意味ない、認めない。
そんなこと思っている間に、若い人たちはどんどんオリジナルな発想で
既成の権威やあるべき姿をあっさり乗り越え自由に行き来しているのに。

ああ、時代が変わるんだね。
いい意味でも悪い意味でも。
どんなに努力しても、変えられないものもあるけど、見方を変えることで
すっかり変わる場合もある。

ダンナが「ラジオ深夜便」で面白い話を聞いた、と教えてくれて
ある女性物理学者で、湯川博士に師事したくて京大に行って、
結婚して三人のお子さんを育てながら研究もして
日本物理学会の会長を務めたこともあって、
猿橋賞も受賞したこともあって、
次の5つのことを大事にした人。
「一、自分の可能性に限界を引かない
 二、行動に移す
 三、めげない
 四、優先順位をつける
 五、集中力を養う・・・。」

調べたら、米沢富美子氏で、既に故人なのですが、
ラジオ深夜便のアンコール放送だったそうです。
それで本を借りてみた。『人生は、楽しんだ者が勝ちだ~私の履歴書』
(日本経済新聞出版社/米沢富美子・著/2014年刊)

すごい人生。凄すぎる。とても優秀なお母さんだったのに、時代の波に押され、
「女に学問は不要」と高校卒業後証券会社に勤務(昭和10年・1935年頃)。
昭和19年(1944年)、著者が5歳の時、ある出来事がおこる。
「三角形の内角の和は二直角(180度)」と童謡でも歌うように口ずさんだ母に
お絵かきしていた娘が食いつく。平行線を2本引いて、内角の和の証明法を
図解してくれた、というのだ。「こんなにも面白いものが世の中にあるのか!」
5歳にして天地開闢のように打たれる娘。自分の娘に才能を見出した母親。

でもこの感じ、ちょっとわかる。レベル違うけど、数学って面白かった。
物理学を志したけど、数学はずっと一番好きだった、というのもわかる。
私は物理なんて最初からわかんなかったけど。。。

ダンナが言いたかったのは「世代を超えて果たされる夢(望み)もある」ということ。
言われてみれば、自分もそうだ。父も母も、勉強したかったのに家業や
家のために、最高学府には進学できなかった。その代り娘三人、四大に進ませてくれた。
自分の届けなかった部分に、子どもが届く、というのは私にもあったし。

お母さんの代わりに、当時(昭和30年代)珍しかったリケジョ、しかも物理学を
志し、「米沢を女とは思わなかった、一人の科学者だと思っていた」と言わせしめた
力量。結婚も研究もどっちもとれば、というプロポーズに応えた彼女。
すごすぎる。
せめて5か条のどれかは、守ってみよう。
まずは自分の可能性に限界を引かないことかな(笑)?



# by iwashido | 2019-04-03 23:49 | 読書日記 | Comments(0)

Living for Today を実践しちゃったNさん

3月です!
旅立ちの季節! いろんなことがめまぐるしくて沈没寸前・・・。

この一年は、とにかく苛立っていました。。主に自分のふがいなさについて。
かなり思い上がっていた部分もある。
所詮、どんなに頑張っても人は一人では生きてはいけない。
与えられた仕事を、システムの一部として、誠実にやればいいものを、
ついやりすぎてしまい、一人で疲れていた・・。
もう止めます。オンとオフをきっかり切り替えるようにします。

それで、「自分が人生で一番楽しかった時はいつか?」と考えてみると、
実はもしかしたら「今」なのではないか、、、と思った訳です。

文句ばっかり言っていますが(特に家では)、子どもも手を離れつつあり、
所詮つなぎ仕事とはいいつつも、好きなように一人でできる格好の職場を与えていただき、
新聞5紙が無料で読め、本に囲まれ、通勤にも時間がそんなにかからない。。。
夢のようではないですか? そう思うことにした。

ある友人が、一度自分を見直す?ためにか、珠洲を離れて行きました。
でもまあ、荷物は残っているし、まったく縁が切れたわけでもなく
自由にどこでも行ける年齢でそういう立場です。
彼女が残していってくれた本の中に『その日ぐらしの人類学』(小川さやか・著)
という新書がありました。彼女はかなりこの本に影響されているのかも、と
読んで思いました。でも持って行かなかったということは、
もう読みこんでしまって、理解したということなのでしょう。

アフリカ的感受性と、子どものような無邪気な好奇心で、
珠洲にいろいろ新しい試みを残していったNさん、旅立つには今は絶好の時期!
自分で自分を虐待的状況に追い込むのをやめて、
もう少し気楽に人生を楽しんでもいいのかも。やっとそう思えました。

ふきのとうも芽吹いて、てんぷらにして食べました。
白鳥もいつのまにか居なくなって・・・寂しいデスネ。
今日はゆっくり休んで部屋を片付け、次の準備をします。
今日はオフの日で~!!



# by iwashido | 2019-03-03 10:05 | 朔のつぶやき | Comments(0)

LIVING BOOKING & WRITING.

LOGOSさんの月1回古書店は、明日OPENです。。

明日は珠洲食祭「まるかじりイベント」の日で
市役所前大通り(春日通り)は車両通行止めで、そこにテントがずらりと。

商店街通りは寂しいものですが、いつも通りのマイペースで
本の整理と販売を行っております。
今回は早めに閉めますので、10時~3時の間でお願いします。

100円均一で投げ売りの箱も作ろうかな。
とにかく本を動かさないと。本を読む快楽(中毒)を広めないと。
人間、やばいよ。光と音にだけ反応する、獣に戻る前に考える力を
復興させないと。手短なほうへ、便利な方へ、簡単なほうへ流れすぎるのは
ヤバいと思うな。

店前に駐車は出来ません。
市役所・シーサイド・ラポルトすず等の公共駐車スペースにお願いします。

本に関するあらゆることに、今年は貪欲に打って出ますか!?

(古本LOGOSは古本屋です。現在は飲食の提供は行っておりません。
 本を買ってくださる方に、お茶くらいは出すかもしれません。。。本を買いましょう!)


# by iwashido | 2019-02-23 16:47 | Comments(0)

誰にも言わない。

2月です。
今年(2019年)は、節分(2月3日)・立春(2月4日)・旧暦新年=春節=新月(2月5日)というゴールデンラインでした。年末からの不調が徐々に解消されつつあります。はー、やっと新しい年来た~って感じ。一つ区切り越えて、この3連休ようやく正月休み気分(することは多々あり忙殺さててはいるのですが)。

あなたの一番やりたいことは何ですか。
そんな言葉をある人に向けて発したけれど、それはそのまま自分にも返ってきて、
「私の一番やりたいことはなんだったのか。何に時間を使っていれば楽しかったか」
それを思い出し、実行していかないと。残された時間はそう多くないかもしれない。

先日、橋本治が逝き(1月29日)、昨年は石牟礼道子も逝き(2018年2月10日?)、西部邁も世を去った(2018年1月21日)。なんだかとても大きな変化が迫っている気がする。
手始めには改元でしょう。予定調和的な改元。
私は、昭和が終わり平成が始まった時は東京にいたけれど、半旗が掲げられていた昭和64年1月7日土曜日の風景は良く覚えている。時代が変わる瞬間に2度も立ち会えるとは(生きていれば、だけど)。

年末の広河隆一の騒動、あーいうことは日本では「悪い」とすら思っていない男が多いのではないか?
能を語る時に欠かすことのできない世阿弥は、時の将軍・足利義満の寵愛を利用して、
河原乞食に過ぎなかった歌舞伎や猿楽を「芸術」の域に高めた、と
白洲正子の『お能・老木の花』(講談社文芸文庫)にあるけれども、
そういう感覚は(支配者層には)まだ根強く残っているのでは。

そういえば先日、金沢の能楽堂で、「能」というものを初めて見た。
ダンナが「巴」を見たいといので、2月の定例会の演目を見に御伴で行ったのだが
思いのほか、エキサイティングであった。
自我なんて薄っぺらいものをそぎ落とした抽象的なところがむしろ、よかった。

太鼓と、鼓と、笛だけでオーケストラのような音響効果の下地を作るわけですが、
その太鼓と鼓の響きに、民俗学的な、いわばアフリカ打楽器のような
ある種の情念を感じた。そうかこれが日本民族の魂の叫びなのかも。

平家物語を、朗読のCDで聴いたときに初めてその良さが理解できたように、
正月のラジオで「歌会始め」の御歌の朗詠を聞いたときに、
今まで文字だけで文学を理解しようとしていてできなかったことが
いとも簡単に腑に落ちた、取れなかった天上裏に隠された探し物が
ごとんと落ちてくるように。

大事なことは誰にも言わない。秘すれば花、と世阿弥が残したように。

橋本治は自分が死ぬなんて思っていなかったのではないかな。
PR誌「ちくま」の巻頭連載がもう読めないと思うととても残念。
こういうことを大見得切って言える人は、もう出てこないのかもしれないな。
出でよ、第2の橋本治!
ご冥福を心から祈ります。。。本当だよ。社交辞令じゃないよ。
(会ったこともないのにね。でも文章では何度か出会ってたのかな。)



# by iwashido | 2019-02-11 09:42 | 朔のつぶやき | Comments(0)

2019、A HAPPY  NEW YEAR!

あけましておめでとうございます。
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12月は何かと身体的不調が続き、思った以上に病院にお世話になった。
極めつけは年末の「初胃カメラ」体験。
病院や学校は監獄である、と看過したM.フーコーの言葉を思い出すようなひととき。

でもその監獄に、喜んで身を投じている私たちがいるのもまた事実な訳です。

年始は、新年早々、雪の上を歩いてこけて、左ひざをひねり、古傷悪化の今日。
正座できないという理由で欠席した忘年会以上に、もうしゃがむのも困難。
椅子用のコタツが欲しいくらいです。年を取ったんだね、私たち(ってか私)。

新年早々暗い話題で始まってしまいましたが、
今年はポジティブに物事を見るように心がけたい、いや本気です。
嫌なことがあるとすぐに逃げたり、シャットダウンしてしまうある意味LD的な社会性を
持つ傾向があるのですが、そこまで自分を晒さずに、
他人とはある距離感を持ってつき合うようにしようと思います。
いつまでも思春期の子どもじゃあるまいし。

苦手、と思っている人は、実は自分の代わりにその課題に取り組んでくれた人
なのかも知れなくて、私がそのことで手を煩わせなくても済むように、
誰かが采配してくれたと思えば、納得できるのかも。
私が立ち向かうべき課題は他にあるのだ。

25年間の冬眠から目覚めよう。
初心に帰り、ここから始める。そんな一年にしたいです。

このブログをもし読んでいてくれる人がいるなら、その方に感謝を。
少しだけ、肩の力を抜いて、日々もう少し笑顔をもって、過ごしていきましょう。


# by iwashido | 2019-01-02 16:28 | 季節のできごと | Comments(0)

半島のソクラテス、奥能登のホールデン。

友だちに貸してもらって読んでいた本が面白かった。
『ありがとうもごめんなさいもいらいない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』。
図書館職員泣かせの長いタイトルは、最近の流行なのかしらん。
フィールドワークを仕事とする人類学者ならではの題である。
(奥野克巳・著/亜紀書房/2018年発行)

亜紀書房という出版社のHP(ブログ)「あき地」での連載時タイトルは
「熱帯のニーチェ」だっただけあり、各章の冒頭にはニーチェの著作からの
引用文が掲載されている。これにならえば「奥能登のニーチェ」と言いたいところだが、
物議を醸しそうだし、こちらは浅学非才の身分なので、やめといた。

物心ついてから、「将来の夢は?」「大人になったら何になるの?」と聞かれて
まともに答えられたためしはない。一応大人と言われる年代ではあるが、
なりたいものになれたか、自己実現できたか、と問われれば疑問符しかない。

なりたいと思ったものは、かろうじて2つあった。
一つは「魂の産婆」、もう一つは「ライ麦畑の捕手」。
これを読めば私の精神構造がいかに愚かなものであるかを晒すようなものだが、
それぐらいしか思いつかない。どちらも「職業事典」とか「なり方ガイド」
があるものではない。年収も不明、そもそも職業なのかどううかも怪しい。

高校の倫理の時間に、ギリシア思想に端を発する西洋精神史の端緒を学んだ時、
ソクラテスのようになりたいと思った。これをマジで実践したら、今でいえば
「ウザい」「メーワク」「浮いている」奴だろう。
それから、ある種の人間には青春のバイブルになっている「Catcher in the Rye」
の野崎孝訳を読んで(その頃は、村上訳はまだなかったので)、
そうだ、私もこれになりたい! と激しく思った訳である。愚かである。

私はずっと、世の中は、正しいか正しくないかを基準に動いているのかと
思っていた。でも、実際はそんなことはちっともなくて、
特に日本はそういう原理では動きようのない国で、
もっと情やつながりで物事が決まっていくのだとようやく最近理解した。
夏目漱石が『三四郎』の小説の登場人物に言わしめたように、
日本はもしかしたら「滅びるね」なのかもしれない。
それですら、人類の思い上がりで、地球も自然も人間だけのものではないのだから、
もっと別な視座が必要なのかもしれない。
でもまああまり短絡的な物言いはするものではない、それだけはようやく学んだ。

今年最大の読書の収穫は、『孤独の発明 または言語の政治学』である。
三浦雅士・著/講談社。「群像」の連載を加筆修正して550Pの大作になった。
大変エキサイティングで、面白い本に久々に巡り合うことができた。
これを読むと、古典が読みたくなる、というかそこから理解しないと
日本という国のありようは理解できない。
戦後や明治維新という分断された視座ではなく、
もっと通層低音のように響いてくるコエ(うごめき?)に耳を澄まさなけれなならない。

平家物語と、梁塵秘抄が、ようやく今につながる回路を見出せそうな感じ。
そう思うと、奥能登はとても面白いフィールドなんだな。


# by iwashido | 2018-12-15 18:28 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

LOGOSさんの12月の古書店

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11月も今日で終わり。

来月の予定らしきものを掲載してみます。

緑の○印の日がOPEN予定(10時半~16時くらい)。

平日と斜め線の日はごめんなさい、CLOSEDです。

土日で無印な日は、予約(っていうか行きます・行きたい)
的なご連絡をいただければ、こっちで作業や仕事をして
予約優先OPENな感じ・・・?

まずは営業日を増やしてみる。
恥ずかしながら。
古本屋の端くれとして。

# by iwashido | 2018-11-30 12:04 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

会うはずの ない本に出会う 古本屋

「神経衰弱」が得意だった、というと、大概の人は「嫌な奴だね」という顔をする。
トランプのゲームだけど、まあギャンブル性は低くて、記憶力の勝負だから
強いヒトと苦手なヒトに分かれるよね。

なんとなく、モノの場所をぼんやりと覚えている。
明確にくっきりはっきりではない。なんかこの辺? とか
ちょっと昨日とこの本の場所違うんじゃない? とか、在ったはずの本がないとか。

先日、とある本の整理をしていて、さあもう終わりにしよう、、、と思った矢先、
一冊の本がふと目に入った。この本の題名、どこかで見た。。でもどこだったろう?
古本である、著者の名前もその時の私には初見に近かった。
でもこの人の名前どこかで見たし、この書名には見覚えが、、、と考えたら
あるHPで、「読書体験記」の優秀作品のヒトが、この本を通して得た体験を
書いたその元になっていた本であった。

本の名前は『絵のなかの散歩』(新潮社/洲之内徹・著/ハードカバー箱入)。
ある高校生が、仙台で洲之内コレクションを見た感想などを体験記に昇華していた。
私は仙台に行ったこともないし、不覚にも洲之内コレクションがどんなものか
その時は知らなかった。
白洲正子や青山二郎や小林秀雄は知っていたけど、洲之内徹は知らなかった。
私の本(文學)の知識なんてその程度。だってロゴなヒトなんだもん。

それはともかく、その本はのっけから、三男の死を知る話から始まる。
題は「あかまんま」なんて、花の名前が入ってるけどつまりは彼岸花だから
まあそういう話ですよね。
うーんなんというか、濃い文章である。ものすごく濃い塩水を飲んだような。
最近こういう文章に会わない。世に出る本は、とても薄い飲みやすい文ばかり。
1時間でわかるとか、1日1文で教養が身に着くとか、身につくわけないだろう!?
教養なんて、誰かが書いたもの鵜呑みにして身に着くわけないだろう!!
身銭を切って、疑って、恥をかいて、失敗して身につけるものだろう? 

絵の話はもちろんキレキレだし、小林秀雄がほめたくらいだから。
トップに出てくる青い魚が入ったかごを頭にのせる少女の絵もGOOD。

全部熟読してないけど、面白かったのは洲之内は戦後、故郷の松山で2年間、
古本屋をしていた、とあったこと。上手くいかなくて汁粉屋に変えて
それもまた上手くいかなくて、いろいろあって小説を書いて芥川賞の候補
に何回かなったけど、最終的に銀座の画廊の店主(管理人?)をしながらモノを書いた。
戦後だからね。岩波書店だって元をたどれば発端は古本屋らしいし。

そうか、いいんだ。上手くいかなくてもいいんだ。
この上手くいかなさはきっと何かにつながっている。
古本屋としては失敗でもいいんだ。商売になんかなるわけないんだ。

いや、私が言いたいのは、なんでここでこの本と出会えちゃうかな、ってこと。
偶然みたHPの、石川県の高校生が書いた体験記の文章を覚えていて、
その本の発端はある年の高文連の全国大会の会場が仙台で、その仙台の空が
青くて、洲之内コレクション展を仙台の美術館だかどこかでやっていて。。。ということで
その本の題名を私が覚えていたということ。出版社名や判型(単行本か文庫か)などは
わからなかった。「手に入らなければ盗んででも自分のものにしたいのがいい絵」だとか
普通言うかな? 手に入らなければ盗んででも自分のものにしたいのは、いい本なのかな?

そして箱の上の方にのっていたその古い初版の『絵のなかの散歩』という題名を
見た時、「どこかで見たな・・」と思えたこと。これはまるで神経衰弱。
ねじれの位置にある本と出会えるのが、リアル本屋の醍醐味。
ネットではこういうことはあまりない。
関連性のある方へと、自動的に導かれるあの感じが嫌い。
誰と友達になるかなんて、あんたに指示されたくないし、これを読めとか買えとか
言われたくない。そういうのは私が決めます。数なんて多くなくていい。

私は出会えるはずのない本と出会いたい。
それはきっと、どこかにある本屋と呼ばれる場所なんだ。






# by iwashido | 2018-11-14 23:42 | 読書日記 | Comments(0)

自己嫌悪 いつまでたっても ガキのまま

私って奴は、人の言葉をまず信じない。

幼少時にあまりほめられたことがないので、
ちょっとくらいのほめ言葉は「社交辞令」の側に振り分けられる。
まず割り引いて聞く。

その反面のものすごく高いプライド。
これも自己卑下と表裏一体なくらいすごい。
へらへら笑っていたかと思うと、途端にキレる。

情緒に問題あり、だとは思う。
ずっと理屈だけで世の中を渡ってきたのかも。
そんな私が唯一、理屈(屁理屈)を解除できる場所があるとしたら・・
それはきっと「本屋」だ。

本屋という場所にいられれば、私はわりと嬉しいし
自分が安心な場所にいると確信できる。

「本屋」というのは厳密な意味での「本屋」に限らず、
本のある場所、って感じだけどね。

今日も一日終わりそうです。

# by iwashido | 2018-11-04 16:39 | 朔のつぶやき | Comments(0)

本日風強し。

風強いです。
台風でもないのに。

昨日、通勤の途中の路上に、イノシシが倒れていた。
小型の。瓜坊から成長したばっかりみたいな感じの大きさ?
いよいよここまで来ているか・・って感じ。田んぼに足跡みたことあるけどさ。

いい感じと嫌な気持ちがミックスしてる。
あんまりうかれるなよ、と自戒を促す声が聞こえるような、
いやいや、あなたはもっと自信持たねば、と諭されるような・・・。
うーん、もうあんまり迷っている時間はないなぁ。。。
やるなら、やる。ちょっとずつでも始める、積み上げる。

明日(10月28日(日))はLOGOSにいる予定。
10月はいろいろあってさぼっちゃったからね。
11月の予定はまだ未定。ストーブはまだです(10月はね)。

シゴトします。



# by iwashido | 2018-10-27 13:14 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

ふと見れば 東の窓に 赤い月

うーむ三連休という奴である。
今月は2週続けて、ラッキーと言えばラッキー。

昨日は、急に稲刈りと相成ったので、予定していたLOGOSのOPENを延期し
午後から、木の浦に来週のイベントの確認と、本の補充に行ってきた。

途中、何か所か片側交互通行の箇所があり、そこで停止していたら
後から救急車が来たので、当然先に行ってもらった。
しかし、しばらく行くとさき程の救急車が停止しており、
バイクも数台止まっていた。そして傍らには動けない方(事故の当事者?)
を、担架に乗せようとしていた救急隊員と、交通誘導をするお仲間らしき
ライダースーツの人約2名・・。
(私は臆病ものなので、凝視できず、目をそらして通過したので詳細は不明。)

どんなところでも事故は起こる。ふとした隙に、狙い定めたように
運命は枝分かれしていく。
今、自分が、こうしてここにいることのなんて、奇跡以外の何物でもないかも。
わー、と叫びたい気持ちをこらえて、
今日(9/17)はCafeにて、古本LOGOSの大掃除をしております。
少しすっきりしたいです。
(家の片づけはぜーんぶ後回しにしてきました(><))


# by iwashido | 2018-09-17 12:29 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

明日は明日 置かれた場所で 咲けるかな?

『神様の住所』(九螺ささら/朝日出版社)という短歌&エッセイ的な作品を読んだ。
朝日か読売か忘れたけど書評で紹介されていた。
俵万智や穂村弘、東直子の系譜に続く、
「短歌が入り口で、宇宙が出口。」って帯に書いてあった。

「18.エロス」という章に載っている短歌はともかく解説文にシビレた。
古代ギリシアの重要な概念として、エロスとロゴスがあって、
エロスは日本語では「(神への)愛」とか言われて、でも正確な概念は
きっと日本語にはなりきれなくて、それでも「エロ」と言われ日常に溶けた。
「エロいよね~」とか「エロな人」という表現は比較的良く耳にしますよね?

ロゴスは「言葉」とか「論理」とか訳されてこれもまた正確には
伝わっていないと思うけど、硬い言葉だから「ロゴ」とまではこなれていない。
いや~、私は「ロゴなヒト」だったと思うので、ぜひ「ロゴい奴」とか
言われてみたいものである。

なんかね、この人の抽象と具象がクロスする感覚はよくわかる。
私はどちらかというと今までほぼ抽象側の世界に住んでいたようなところがあるので。
目の前の具体は無視(っていうか透けて)後ろの抽象のほうが近しかった。
固有名詞は覚えられないし、これでは友だちもできんわね。
それで思春期を乗り切ったのだから、今の時代でなくてよかったよ、ホント。

これってほとんど発達障害に近かったのかも。
成績(テストの点数)が悪くなかったからカムフラージュされていたんだろう。

いろいろ文句も不満もあるけど、現状をほどほどにキープしつつ、
次の一歩を画策してもうちょっとやってみようか。。
逃げるのは簡単、逃げ出すのも得意だけど、今回ばかりは
もう少し踏みとどまってみるか。
ここが私の置かれた場所なのか。
本当はまだそう思いたくないのだけど。
一人でも理解者や、メッセージを受け取ってくれる人がいるだけで
少しは救われるよね。
この場所で、人を触媒にして、抽象を具象に変換できるのなら。

次の世代への種まき、もしくは発芽の補助くらいなら。


# by iwashido | 2018-09-15 11:49 | 読書日記 | Comments(0)

夏疲れ 人に疲れて 引きこもり

大雨と共に終わった8月(=夏休み)である。

今年はあんまりパッとしない、不完全燃焼的な夏であった。

いろいろ出かけたけたようにも思うが、それは全て「移動」であって
「旅行」ではなかった。奥能登に住んで何かしようとしたら
どうしても「移動」距離は増えるよね・・・。安全運転も必要だし。

んー、このままじゃいけない、と思うけど、なかなか有効な一手が打てない。
でも思ったより、実は頑張ってたのかも。
私はむちゃくちゃ自己評価低いので・・。
どんだけ人に褒められたとしても、信じられない。
内心違うことおもってるんでしょ、って疑ってしまう。

今日は疲れの解消デイ。

ゆっくりゴロゴロ、読書と散歩。
そしてやっぱり片づけが苦手。
明日から、心に吹く風を新しい風に入れ替えられますように。


# by iwashido | 2018-09-01 17:57 | 朔のつぶやき | Comments(0)

南空の 火星離れて 猛暑曳く

お盆も静かに過ぎていく・・

親戚や子どもが五月雨式に訪れては帰省の途につき、今日は終盤。
暑さも昨日がピークで今日は大雨。

暑さのせいかわからないが、とにかくやる気が出ない。
何につけてもダウナーな感じ。疲れやすい。ゆっくり眠りたい。
熱中症寸前だったけど、藻塩をなめて、少し元気回復したかな。。

このごろの夜空を賑わしてくれるのは、南下の空に輝く赤い星、火星である。
その地球への最接近は15年ぶりで、7月31日がいちばん地球に近づいたらしいが、
その前後を境に、少なくとも当地での暑さは和らいだような気がする。。。
特に夜。枕草子の時代から「夏は夜。」なのである。

私は「冬はつとめて。」が好きだな。ずっと冬ならいいのにね。
人類が恐竜のように滅びない、などと楽観的なことは言えないけれど、
私たちが恐竜ではないことの証拠の一つに、言葉と、考えること、
そして伝えるという叡智をもっていることをどこかで実感したいよね。

やる気ないまま、お盆休みも終盤。。。
もうあまりむきになるのはやめようと思う今日この頃。
明日は仕事で作業があるので頑張る。

追伸;墓参りに行って、ご先祖の墓前に檸檬を供えてきた。
   檸檬爆弾。爆発していないといいけど?


# by iwashido | 2018-08-16 16:33 | 季節のできごと | Comments(0)

台所 冷房なしの 酷暑かな。

いやー、暑い夏です。
日本は既に亜熱帯だとは先回にも書いた。

それが更にヒートアップして連日の35度越え、30℃なら涼しいと思ってしまう自分がいて。

職場はいちおう冷房が効いている部屋にほぼいられるのでいいのだが、
帰ってきて義務としての仕事をする台所に冷房がない。
普通かどうかはわからないけど、ずっとない。
今更「つけたい」とか「つけてくれ」と希望するにはお金がない、というかもったいないというか。。。

基本的に風が通る家なのであるが、コンパクトではない。
冷房を自由に使えるのは娘の部屋だった場所だけなので
そこを自分の書斎・仕事場・寝室もどきにして、義務を果たしたらすぐ直行する。
もしくは水シャワー。

なんというか、ずっと自分を小さい箱の中に閉じ込めていたんだな、とやっとわかった。
自分の力100%出し切ることにとてもおびえていて
自分から目をそらし、人に合わせていた。そんなことをもうし続けなくてもいいんだ!

やりたいことをやるのだ。時間を存分に使うようにして。
今で会っている人は、もしかしたら自分だったかもしれない人たち。
そう思えば少しは優しくなれるかもしれない。

あと1ヶ月でなんとかなるはず、と信じて日々を乗り切る。
窓から見える火星が心を癒してくれる。


# by iwashido | 2018-07-29 09:56 | Comments(0)

Ms.LOGOS's once or twice a month Used Book Store
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