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去年(こぞ)の春 犬の世話=シモの世話

春なのに、夏のようとラジオの天気予報が騒ぐのである。
30℃越えだとか、真夏日だとか言うのである。

去年無限に続くかと思われた老犬の世話は、ある日をもって唐突に終了した。
それからはや1年がたとうとしている。世話(ケア)とはつまり、食と排泄の世話であった。
それは動物と人間も大してちがわないようだった。
人間だとそこに居住いや身なりの世話が加わるくらいで。

いま自分で自分が手に負えなくなりかけてて、それはまず朝起きるのがつらいあたりから始まり、
平日はなんとか気力で持ちこたえているものの、土日はゆるむ、つまり怠ける。
食べることも着ることももうどうでもいいのであるが、
他人(家族)がいるからなんとかギリギリもちこたえる。

本の整理をしていて、伊藤比呂美の『閉経記』(中央公論新社)が出てきた。
古本市で売ろうかな~と思ったけどやっぱり手元に残すことにした。
なぜって、今まさにわが事だからだ。
そうかこれって、更年期だったのだね。。いつまでも青春じゃいられない。
「たけくらべ」もどきの初々しい初恋なんてもう遠い昔なのだ。
おばさんなのだ、漢(おんな⇒本の中で、著者はこう読み仮名をふるので)なのだ。

気がつくと青春とおばさんしか記憶になくて、子育ての苦労も何もかも忘れている。
いつもいつも自分のことしか頭になかった。
誰かを気遣ったり、誰かの娘になろうなんて思ったことはなかった。
いつも「父」(メタファーとして)を殺してきた、差し伸べられる手を振り切ってきた。
それがこのざま、体たらくである。

誰かに庇護されていれば、もっとうまく人生を渡れたのだろうか?
少なくともいま家族としては庇護されていて、もうそれ以上の屋根は欲しくない。
ここからだって飛び出したいくらい。
自分の名前をはく奪されてまで働かされるのはごめんだ。

私は私になりたいのである、100%ありのままの。

そんなわけで、忘れかけていた詩(うたとかことば)をまた始めようと思う。
届かないかもしれないけれど、矢を飛ばしてみたい。

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by iwashido | 2018-04-22 15:03 | Comments(0)

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