人気ブログランキング |
ブログトップ

LOGOSさんの月に1,2回古書店

LOGOSの「地下2階の本棚」・・徒然読書雑記

村上春樹「タイランド」(『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)収録)

★村上春樹を好きな人もいれば、あまり好きでない人もいると思う。
どれだけたくさん本が売れようと、どれだけ有名な賞を取ろうとそんなことは小説家の本質と何も関係がない。宮沢賢治だって樋口一葉だってニーチェだって、生前そんなに本が売れたわけではなくて、死後に残された作品を世に送り出した肉親や編集者がいたということだ。村上春樹は十分に有名だけど、有名であることと好き嫌いはまた違う。

『神の子どもたちはみな踊る』は確か以前持っていたはずなのに、棚に見当たらなくて、きっと衝動的に一箱古本市か何かで売ってしまったんだろう。だからブックオフに寄った時に購入した。A....という通販を利用することもできるが、最近、その倉庫の過酷な労働実態を書いた本を読んだので(その前からだけど)あまり使わないようにしている。便利で何が悪い? な世の中だけど、これが私にできるささやかな抵抗である。

『神の子どもたちはみな踊る』の中に、目立たない小作品として収められている「タイランド」は、更年期のホットフラッシュに悩まされる女主人公(甲状腺の専門医)が、東南アジアで開かれた学会の後に、休暇を取ってタイで過ごす話だ。冒頭のアジアなまりの強い飛行機アナウンスの描写がうまい。主人公のホットフラッシュの息苦しさは日ごろ体験しているので、すんなりと物語世界に入っていける。

村上春樹は、心に何らかの石やトラブルを抱えた女性を描くのが上手だ。上手というか、構造的によくわかっているなあ、と感心する。それはたとえば『1Q84』に出てくる女性警察官あゆみ、だったり、「眠り」(『TVピープル』(文春文庫)収録)に出てくる不眠に悩む女主人公だったりさまざまである。『ノルウエィの森』の直子の変奏曲といってもいいのかもしれない。

「タイランド」で、女主人公は、休暇の間ずっと世話をしてもらったタイ人運転手のニミットに、自分の抱えているある秘密(悩みの源泉)を打ち明けようとする、しかし彼はそれを遮る、「夢をお待ちなさい」と言って。それは、その前日にニミットの好意により連れて行かれた老占い師の占いの言葉でもあった。日常では収まりきれない歪みやひずみを、「占い」と「夢」という形で、東南アジアリゾートという非日常性の中でうまく昇華している。

「生きることと死ぬることとは、ある意味では等価なのです、ドクター」(P142)とニミットは言う。生きることだけに多くの力をさいてしまうと、うまく死ねなくなるのだ、とも。

『神の子どもたち・・』に収められた作品は、どれも少しずつ阪神大震災のことが微妙に絡んでいるので、理不尽さや行き場のない怒りや悩みで困っているときにはとても効くような物語群である。「かえるくん、東京を救う」や「蜂蜜パイ」はおすすめです。生きることはある意味とても理不尽だ、でも死ぬまでは生きるしかないのだ。

by iwashido | 2019-09-29 12:33 | Comments(0)

Ms.LOGOS's once or twice a month Used Book Store
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31