人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

古本LOGOS 「彼岸の古本屋」ときどき日記。

コロナの時代に愛は可能か?

8月某日 台風一過後、立秋も過ぎ、夏もいいとこ終わったなーって感じ?  
     お盆は、最小限の人の集まりで今後も行っていただきたい。
     会いたい数人と、親密にご飯食べたりできればそれでいいじゃないの。
     そんな最小限の人とか会っていないにもかかわらず、疲れたーって思う。
     いかに自分が閉ざされた毎日を過ごしているか、いつでも人(家族だけど)
     を受け入れられるモードになっていないか痛感。一人になる時間を作らねば。

     それで疲れをいやそうと、ある日の午後、レンタルDVDなどを見た。
     『コレラの時代の愛』ガルシア・マルケス原作の、そうあの分厚い本の
     映画化作品。ネット評では「本のダイジェスト版」とか「意味わからん」とか
     批判的なレビューもあったけど、私は本を読むために(途中で挫折のまま)
     ダイジェスト版、望むところな訳です。主人公の思い人の高齢の夫がオウムを
     籠にもどそうと梯子を上る、そしてそこから転落して死亡、葬儀、そこまでは
     本(文章)でも読んでいた。しかしそれ以上進めずにいた。
  
     そこから一転して(映画では)回想シーン、若かりし二人がいかにして出会い、
     「若すぎる」「娘は玉の輿に」と望む父の野望により引き離され。51年と4ケ月
     と1日、主人公は待つ。夫が死ぬその日を。これは、南米の独特の文化背景、
     暮らしぶり、自然環境、1900年代のコロナの時代という枠組みを借りた
     マジックリアリズムだ。ガルシア・マルケスお得意の。
     こういう作品を見ると、我々がいかに例えばハリウッドの、例えば日本映画の
     いわゆる「映画文法」に毒されているかよくわかる。正義は勝つとか、善人は
     最期に救われるとか、試練で少年が成長するとか、まあひねってみれば
     この作品もそう言えないこともないけど、そこに51年という年月を導入する
     とは、ほとんどおとぎ話すれすれ(100年の眠りから覚める美女)。でも
     できてしまうのだ、作品世界として。

     この主人公の冴えない感じ(彼女を忘れるためにひたすら性遍歴を重ねる)は
     どこかで見たことがある。そして会える訳のない二人が出会ってしまうのも。
     そうだ、これはまるで村上春樹小説の主人公のようではないですか。
     たとえば渡辺ノボル? 綿谷トオルでしたっけ? あと『1Q84』的な作品も。
     小学校でたった一度握った手の感触を忘れずに、私はいつか彼を見つける、
     天吾君と結ばれると夢想する青豆は、まさにマルケスの世界の住人だ。
     もともと、『コレラの時代の愛』を読もうと思ったのは、コロナ初期の昨年、
     村上ラジオで、本人が最近『コレラの時代の愛』を読み返しましたよ、
     こんな分厚い本、コロナでもなければ読み返しはしなかったでしょうと
     呟いたからだ。それを耳にして、たまたま知り合いの古書店さんが持ってる
     というから買った本だ。それがようやく、日の目を見た。
    
     コレラの時代とコロナの時代の違いは、船や代書業が今は(日本では)絶滅
     危惧だということ。船の文化があってこその、コレラの時代の愛は成就した。
     コロナの時代の愛を成就するには何が必要なのか。
     AIとかLINEとかだとは、私の前では言わないでね。

by iwashido | 2021-08-19 09:19 | 映画とかビデオとか。 | Comments(0)

Ms.LOGOS's once or twice a month Used Book Store