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古本LOGOSの 月1,2回古書店。

いましか見ることができない光景を目に焼き付ける。

4月某日 晴れのち曇り?
     ハローワークにちょっと寄ってみたくて宇出津まででたついでに、
     「そうだ、町野行こう、町野」と思い立つ。宇出津から町野は出やすい。
     海周りの道(249号)が土砂崩れでところどころ寸断されているため、
     大谷町経由では町野にはたどりつけない、行くなら柳田経由だ。
     ちょっと崩れたと言われる「時国家」を見てきたかったし親戚宅ある。
     トンネル抜けたら空襲か爆撃の後のようでしたよ、という話を夫の従兄弟に
     当たる人から聞いたのは2月頃のことか、そのころからもう時間は過ぎて
     天気も安定してトンネルというのがどのトンネルか分からなかったが、
     よく考えたらあのトンネルだ。柳田と、町野と、上黒丸の結節点のところ。
     
     誰だってそうだけれど、半島の先端のほうの町や村に具体的な知り合いや
     居住体験がなかったら、各地区の名前や詳細まではわからないのが普通だ。
     今回の地震は「令和6年能登半島地震」と命名されたが、「能登半島」、
     広すぎる概念だ。もちろん、内灘にも、かほく市にも、羽咋にも七尾にも
     被害はあったし今も復旧が進んでいない地区も多くあると聞く。
     能登町もそれなりに被害を受けた、柳田も、穴水も。しかし、金沢からの
     アクセス時間も含めて、人や情報が届きやすい(のかな?)ように思う。
     奥能登の中でも、輪島のほうが、認知度が高い、遅れをとるのは珠洲だ。
     そして町野や南志見地区も寸断により、現状がわからなかったりする。
     「情報」は便利だけど、やっぱり誰かが発信したある意味「主観的」な
     印象だ。写真や映像でさえ合成され、AIとか言われるヒトが作る時代。
     自分の眼でみたものしか信じるな、というのは時代遅れかもしれないが
     やはり自分で体験しなければわからないことはある。行ける人は行ける
     時に行くべきだ。発信しなくても、自分の中に体験を貯めるべきだ。
     たとえそれが車中内からの印象に過ぎなくても、その場の雰囲気を体に
     沁み込ませるべきだ。という訳でドライブに出た。暇人? 笑うなら笑え。

     そして別の日にもまた、なにかの用事のついでに、大谷町経由で木の浦まで
     ドライブした。今は、「大谷トンネル」と言われる通常ルートが通行止に
     なっているので、大谷出るには宇都山→上黒丸方面→山越え(看板有)
     で大谷地区へ向かう。冬だったら怖いだろう。晴れているからこそ行けた。
     そして途中から鉄板を敷いただけの仮設道路が少しある。大型トラックとは
     譲り合って通行する。は? ここはどこだ? そう思う瞬間がある。
     大谷川鯉のぼりフェスは今年は開けないだろう(もちろん中止でした)。
     角のスーパーも倒れている。お寺も潰れた。哀しいという言葉では足りない
     なんともいえない絶望感。しかしそれでも人は生きていかねばならない。
     もちろん既に避難したり、避難所に身を寄せ、仮設住宅に申しこんだり、
     それぞれが今までは仮のぐらしに身を任せてきた。それが春になって、
     桜が咲いて散って、新学期が始まって、急かされる時期になってきた。
     もう4ケ月と人は言うかもしれない、しかしまだだった「4ケ月」なのだ。
     あまり焦らせて欲しくない。何億年といわれる地球の歴史からみたら、
     ほんの一瞬仮ぐらしさせてもらっている我らが人類。「さよなら人類」とか
     いう歌(たま?)がありましたっけねー。
     昭和の終わり❓平成の始まり? 明治は遠くなりました。

     仁江の土砂崩れがかなりのものなのでスーパーの角から左折しても塩田村の
     ちょっと先までで通行止めでUターンするしかない。
     そして右折して大谷小中学校の前を過ぎても、直進して上には行けない。
     陸橋が壊れている箇所があるらしい。
     行くなら「狼煙方面」の看板の方へ行く。昔「さざえハウス」として
     使われた家がある海沿いの道。
     その先は交互🚥「通行止め/緊急車両のみ通行可」とある。
     緊急です、緊急なんです、今この瞬間にこの現場を目に焼き付けなければ
     一生後悔する、この時このタイミングでこの地に暮らしているのに。
     発表する気もない、写真を撮る気もない、ただどうなっているのか見たい。
     好奇心は猫を殺す、と言われるが、もしこの瞬間また大きな揺れがあったら
     わたし死ぬのかなーと思わなくもなかったが、それならそれでもいいやと思った。
     だから誰にでも真似はしてほしくない、それこそ自分の全感覚を総動員して
     行くなら今、否ではなく今、と思えたからいった。そして通過できた。所々
     土嚢が積んであり、片側通行あり、段差ありだが、注意して注意して、  
     あの時この地で何がおこったのか想像しながら真剣に車を進める。
     海が蒼く、空が青かったのが救いであった。被害、もちろんある。
     ライフライン、寸断された地区多数。でも避難所らしき場所もあるようだ。
     復興とは何だろう。
     もとに戻すことなのか。戻せるのか、隆起した海底を?
     
     大谷地区の輪島寄りの海岸線には白い海底(石とか岩に近いもの)が
     たくさんたくさんみえた。
いましか見ることができない光景を目に焼き付ける。_c0107612_06160459.jpeg
     干潮だから? どうもそうではないらしい、これまでは隠れていた海底が
     隆起したと考えるのが普通だろう。大谷,仁江、真浦、町野、南志見、
     この辺まで道路は寸断されている。
     千枚田付近は道路側に突き出した仮設道路を作って
     通行可能にしたらしい(新聞で読んだ)。日本の土木技術はすごい。
     さすがリニアを作ろうとするだけの国である。道路は、ある意味直せる。
     ばらばらになった体のパーツをつなぐ腕の良い外科医さながらに、
     能登里山海道の復旧は日に日に進んでいる、横田までならそのうち上下共
     通行可能になるだろう、昼夜問わず仕事を進めて下さって感謝。。
     こればかりは専門技術がない人にはできない作業だ。

     問題は、人の暮らしだ。。
     教育とは魚を釣って食べさせることではなく、「魚の釣り方を教えること」
     と言われるが、今後長期的な視野を持って奥能登を眺めた時、
     必要な支援はそういうことではないのか。誰かが餌をくれるのを待つのは
     また原子力発電所やそれに類する上手い誘いにつられることになる。
     家により家族構成により必要な支援は様々だ、残る人、離れる人、戻る人、
     正解は一つではない。この無数の問いを自分事として、それぞれの家族が
     それぞれにとっての最適解を見つけてくれることを祈る。
     もちろん、我が家もその当事者の一人であるのだった。
   
いましか見ることができない光景を目に焼き付ける。_c0107612_22025651.jpg
これは、在りし日の木の浦海岸(シャク崎)。今はちょっと形違います。




by iwashido | 2024-04-29 22:06 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

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