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LOGOSさんの月に1,2回古書店

会うはずの ない本に出会う 古本屋

「神経衰弱」が得意だった、というと、大概の人は「嫌な奴だね」という顔をする。
トランプのゲームだけど、まあギャンブル性は低くて、記憶力の勝負だから
強いヒトと苦手なヒトに分かれるよね。

なんとなく、モノの場所をぼんやりと覚えている。
明確にくっきりはっきりではない。なんかこの辺? とか
ちょっと昨日とこの本の場所違うんじゃない? とか、在ったはずの本がないとか。

先日、とある本の整理をしていて、さあもう終わりにしよう、、、と思った矢先、
一冊の本がふと目に入った。この本の題名、どこかで見た。。でもどこだったろう?
古本である、著者の名前もその時の私には初見に近かった。
でもこの人の名前どこかで見たし、この書名には見覚えが、、、と考えたら
あるHPで、「読書体験記」の優秀作品のヒトが、この本を通して得た体験を
書いたその元になっていた本であった。

本の名前は『絵のなかの散歩』(新潮社/洲之内徹・著/ハードカバー箱入)。
ある高校生が、仙台で洲之内コレクションを見た感想などを体験記に昇華していた。
私は仙台に行ったこともないし、不覚にも洲之内コレクションがどんなものか
その時は知らなかった。
白洲正子や青山二郎や小林秀雄は知っていたけど、洲之内徹は知らなかった。
私の本(文學)の知識なんてその程度。だってロゴなヒトなんだもん。

それはともかく、その本はのっけから、三男の死を知る話から始まる。
題は「あかまんま」なんて、花の名前が入ってるけどつまりは彼岸花だから
まあそういう話ですよね。
うーんなんというか、濃い文章である。ものすごく濃い塩水を飲んだような。
最近こういう文章に会わない。世に出る本は、とても薄い飲みやすい文ばかり。
1時間でわかるとか、1日1文で教養が身に着くとか、身につくわけないだろう!?
教養なんて、誰かが書いたもの鵜呑みにして身に着くわけないだろう!!
身銭を切って、疑って、恥をかいて、失敗して身につけるものだろう? 

絵の話はもちろんキレキレだし、小林秀雄がほめたくらいだから。
トップに出てくる青い魚が入ったかごを頭にのせる少女の絵もGOOD。

全部熟読してないけど、面白かったのは洲之内は戦後、故郷の松山で2年間、
古本屋をしていた、とあったこと。上手くいかなくて汁粉屋に変えて
それもまた上手くいかなくて、いろいろあって小説を書いて芥川賞の候補
に何回かなったけど、最終的に銀座の画廊の店主(管理人?)をしながらモノを書いた。
戦後だからね。岩波書店だって元をたどれば発端は古本屋らしいし。

そうか、いいんだ。上手くいかなくてもいいんだ。
この上手くいかなさはきっと何かにつながっている。
古本屋としては失敗でもいいんだ。商売になんかなるわけないんだ。

いや、私が言いたいのは、なんでここでこの本と出会えちゃうかな、ってこと。
偶然みたHPの、石川県の高校生が書いた体験記の文章を覚えていて、
その本の発端はある年の高文連の全国大会の会場が仙台で、その仙台の空が
青くて、洲之内コレクション展を仙台の美術館だかどこかでやっていて。。。ということで
その本の題名を私が覚えていたということ。出版社名や判型(単行本か文庫か)などは
わからなかった。「手に入らなければ盗んででも自分のものにしたいのがいい絵」だとか
普通言うかな? 手に入らなければ盗んででも自分のものにしたいのは、いい本なのかな?

そして箱の上の方にのっていたその古い初版の『絵のなかの散歩』という題名を
見た時、「どこかで見たな・・」と思えたこと。これはまるで神経衰弱。
ねじれの位置にある本と出会えるのが、リアル本屋の醍醐味。
ネットではこういうことはあまりない。
関連性のある方へと、自動的に導かれるあの感じが嫌い。
誰と友達になるかなんて、あんたに指示されたくないし、これを読めとか買えとか
言われたくない。そういうのは私が決めます。数なんて多くなくていい。

私は出会えるはずのない本と出会いたい。
それはきっと、どこかにある本屋と呼ばれる場所なんだ。






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# by iwashido | 2018-11-14 23:42 | 読書日記 | Comments(0)

自己嫌悪 いつまでたっても ガキのまま

私って奴は、人の言葉をまず信じない。

幼少時にあまりほめられたことがないので、
ちょっとくらいのほめ言葉は「社交辞令」の側に振り分けられる。
まず割り引いて聞く。

その反面のものすごく高いプライド。
これも自己卑下と表裏一体なくらいすごい。
へらへら笑っていたかと思うと、途端にキレる。

情緒に問題あり、だとは思う。
ずっと理屈だけで世の中を渡ってきたのかも。
そんな私が唯一、理屈(屁理屈)を解除できる場所があるとしたら・・
それはきっと「本屋」だ。

本屋という場所にいられれば、私はわりと嬉しいし
自分が安心な場所にいると確信できる。

「本屋」というのは厳密な意味での「本屋」に限らず、
本のある場所、って感じだけどね。

今日も一日終わりそうです。

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# by iwashido | 2018-11-04 16:39 | 朔のつぶやき | Comments(0)

本日風強し。

風強いです。
台風でもないのに。

昨日、通勤の途中の路上に、イノシシが倒れていた。
小型の。瓜坊から成長したばっかりみたいな感じの大きさ?
いよいよここまで来ているか・・って感じ。田んぼに足跡みたことあるけどさ。

いい感じと嫌な気持ちがミックスしてる。
あんまりうかれるなよ、と自戒を促す声が聞こえるような、
いやいや、あなたはもっと自信持たねば、と諭されるような・・・。
うーん、もうあんまり迷っている時間はないなぁ。。。
やるなら、やる。ちょっとずつでも始める、積み上げる。

明日(10月28日(日))はLOGOSにいる予定。
10月はいろいろあってさぼっちゃったからね。
11月の予定はまだ未定。ストーブはまだです(10月はね)。

シゴトします。



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# by iwashido | 2018-10-27 13:14 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

ふと見れば 東の窓に 赤い月

うーむ三連休という奴である。
今月は2週続けて、ラッキーと言えばラッキー。

昨日は、急に稲刈りと相成ったので、予定していたLOGOSのOPENを延期し
午後から、木の浦に来週のイベントの確認と、本の補充に行ってきた。

途中、何か所か片側交互通行の箇所があり、そこで停止していたら
後から救急車が来たので、当然先に行ってもらった。
しかし、しばらく行くとさき程の救急車が停止しており、
バイクも数台止まっていた。そして傍らには動けない方(事故の当事者?)
を、担架に乗せようとしていた救急隊員と、交通誘導をするお仲間らしき
ライダースーツの人約2名・・。
(私は臆病ものなので、凝視できず、目をそらして通過したので詳細は不明。)

どんなところでも事故は起こる。ふとした隙に、狙い定めたように
運命は枝分かれしていく。
今、自分が、こうしてここにいることのなんて、奇跡以外の何物でもないかも。
わー、と叫びたい気持ちをこらえて、
今日(9/17)はCafeにて、古本LOGOSの大掃除をしております。
少しすっきりしたいです。
(家の片づけはぜーんぶ後回しにしてきました(><))


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# by iwashido | 2018-09-17 12:29 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

明日は明日 置かれた場所で 咲けるかな?

『神様の住所』(九螺ささら/朝日出版社)という短歌&エッセイ的な作品を読んだ。
朝日か読売か忘れたけど書評で紹介されていた。
俵万智や穂村弘、東直子の系譜に続く、
「短歌が入り口で、宇宙が出口。」って帯に書いてあった。

「18.エロス」という章に載っている短歌はともかく解説文にシビレた。
古代ギリシアの重要な概念として、エロスとロゴスがあって、
エロスは日本語では「(神への)愛」とか言われて、でも正確な概念は
きっと日本語にはなりきれなくて、それでも「エロ」と言われ日常に溶けた。
「エロいよね~」とか「エロな人」という表現は比較的良く耳にしますよね?

ロゴスは「言葉」とか「論理」とか訳されてこれもまた正確には
伝わっていないと思うけど、硬い言葉だから「ロゴ」とまではこなれていない。
いや~、私は「ロゴなヒト」だったと思うので、ぜひ「ロゴい奴」とか
言われてみたいものである。

なんかね、この人の抽象と具象がクロスする感覚はよくわかる。
私はどちらかというと今までほぼ抽象側の世界に住んでいたようなところがあるので。
目の前の具体は無視(っていうか透けて)後ろの抽象のほうが近しかった。
固有名詞は覚えられないし、これでは友だちもできんわね。
それで思春期を乗り切ったのだから、今の時代でなくてよかったよ、ホント。

これってほとんど発達障害に近かったのかも。
成績(テストの点数)が悪くなかったからカムフラージュされていたんだろう。

いろいろ文句も不満もあるけど、現状をほどほどにキープしつつ、
次の一歩を画策してもうちょっとやってみようか。。
逃げるのは簡単、逃げ出すのも得意だけど、今回ばかりは
もう少し踏みとどまってみるか。
ここが私の置かれた場所なのか。
本当はまだそう思いたくないのだけど。
一人でも理解者や、メッセージを受け取ってくれる人がいるだけで
少しは救われるよね。
この場所で、人を触媒にして、抽象を具象に変換できるのなら。

次の世代への種まき、もしくは発芽の補助くらいなら。


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# by iwashido | 2018-09-15 11:49 | 読書日記 | Comments(0)

夏疲れ 人に疲れて 引きこもり

大雨と共に終わった8月(=夏休み)である。

今年はあんまりパッとしない、不完全燃焼的な夏であった。

いろいろ出かけたけたようにも思うが、それは全て「移動」であって
「旅行」ではなかった。奥能登に住んで何かしようとしたら
どうしても「移動」距離は増えるよね・・・。安全運転も必要だし。

んー、このままじゃいけない、と思うけど、なかなか有効な一手が打てない。
でも思ったより、実は頑張ってたのかも。
私はむちゃくちゃ自己評価低いので・・。
どんだけ人に褒められたとしても、信じられない。
内心違うことおもってるんでしょ、って疑ってしまう。

今日は疲れの解消デイ。

ゆっくりゴロゴロ、読書と散歩。
そしてやっぱり片づけが苦手。
明日から、心に吹く風を新しい風に入れ替えられますように。


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# by iwashido | 2018-09-01 17:57 | 朔のつぶやき | Comments(0)

南空の 火星離れて 猛暑曳く

お盆も静かに過ぎていく・・

親戚や子どもが五月雨式に訪れては帰省の途につき、今日は終盤。
暑さも昨日がピークで今日は大雨。

暑さのせいかわからないが、とにかくやる気が出ない。
何につけてもダウナーな感じ。疲れやすい。ゆっくり眠りたい。
熱中症寸前だったけど、藻塩をなめて、少し元気回復したかな。。

このごろの夜空を賑わしてくれるのは、南下の空に輝く赤い星、火星である。
その地球への最接近は15年ぶりで、7月31日がいちばん地球に近づいたらしいが、
その前後を境に、少なくとも当地での暑さは和らいだような気がする。。。
特に夜。枕草子の時代から「夏は夜。」なのである。

私は「冬はつとめて。」が好きだな。ずっと冬ならいいのにね。
人類が恐竜のように滅びない、などと楽観的なことは言えないけれど、
私たちが恐竜ではないことの証拠の一つに、言葉と、考えること、
そして伝えるという叡智をもっていることをどこかで実感したいよね。

やる気ないまま、お盆休みも終盤。。。
もうあまりむきになるのはやめようと思う今日この頃。
明日は仕事で作業があるので頑張る。

追伸;墓参りに行って、ご先祖の墓前に檸檬を供えてきた。
   檸檬爆弾。爆発していないといいけど?


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# by iwashido | 2018-08-16 16:33 | 季節のできごと | Comments(0)

台所 冷房なしの 酷暑かな。

いやー、暑い夏です。
日本は既に亜熱帯だとは先回にも書いた。

それが更にヒートアップして連日の35度越え、30℃なら涼しいと思ってしまう自分がいて。

職場はいちおう冷房が効いている部屋にほぼいられるのでいいのだが、
帰ってきて義務としての仕事をする台所に冷房がない。
普通かどうかはわからないけど、ずっとない。
今更「つけたい」とか「つけてくれ」と希望するにはお金がない、というかもったいないというか。。。

基本的に風が通る家なのであるが、コンパクトではない。
冷房を自由に使えるのは娘の部屋だった場所だけなので
そこを自分の書斎・仕事場・寝室もどきにして、義務を果たしたらすぐ直行する。
もしくは水シャワー。

なんというか、ずっと自分を小さい箱の中に閉じ込めていたんだな、とやっとわかった。
自分の力100%出し切ることにとてもおびえていて
自分から目をそらし、人に合わせていた。そんなことをもうし続けなくてもいいんだ!

やりたいことをやるのだ。時間を存分に使うようにして。
今で会っている人は、もしかしたら自分だったかもしれない人たち。
そう思えば少しは優しくなれるかもしれない。

あと1ヶ月でなんとかなるはず、と信じて日々を乗り切る。
窓から見える火星が心を癒してくれる。


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# by iwashido | 2018-07-29 09:56 | Comments(0)

雪は金(きん) 雨は固体と知る小暑

日本はすでに温帯気候ではないような気がする。

わからないけど、かろうじて四季のよすがは残っているけれど、最近の雨の降り方や
温度の推移をみていると、亜熱帯に近いと言えるような気がする。

この度の西日本の水害・土砂災害のニュースを見ていると、心が痛まない日はないのだが、
私たちはもっと住んでいる土地のことを知る努力をし続けるべきだ、と思わずにはいられない。
普段はおとなしくしている川が、突如暴れ出す。
以前は洪水があって(水が出て)浸水したという記憶語りを軽んじてはいけなかった。

あまりにも全国ニュースやネット情報などの、中央(?)が発する情報に頼りすぎ、
踊らされすぎではないか。その土地固有の天気の推移や雲の流れ、水の流れ、山の音など
もっと敏感であるべきではないか。気象庁が梅雨明けしたと言われる北陸であるが、
少なくとも今日現在(7/12)奥能登は梅雨的な天気である(今日も小雨でした)。

どれだけメールで緊急災害情報を送っても、「まだ大丈夫だと思った」「ここでは起きないだろう」
そういう予断の下で無視される、その程度の信頼性なのだ。
ここ数十年で一番激しい雨の降りだ、過去に例のない雨雲だと気象庁が何度会見を流そうと
「どうせ「オオカミが来た」だろう」、そう思ってしまう私たちなのだ。

自分の身は自分で守るしかない。
津波てんでんこ、じゃないけど、大雨もてんでんこ(とはいかないだろうけど)。
みんな一緒に、だけではうまくいかないこともある。
もっと各自が自分の読み書き能力や五感をフルに使って、考えることから始めよう。

これ以上歴史に名が残るような(残らなくても)アイヒマンを生み出してはいけない。

表題の、意味不明俳句もどきは、陰陽五行の考えでは、雪は「金気」で、雪が溶けると春になる、
のは金を火が滅して「水気」に変化するのが、2月の立春である、と知ったことに由来。
今年の豪雪を顧みれば、雪=金属、なるほどなあと思い当たる。
そして今回の豪雨災害の被害を見ると、水はまとまると固体以上の力を生ずると理解したのだった。




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# by iwashido | 2018-07-12 21:54 | Comments(0)

「父」の呪いからの解放

6月24日(日)、古本LOGOS OPENしております。
めずらしく、Cafeにパソコン持ち込めてライブ投稿可能状態なので。

今日はいろんな意味で、皆が(私の周囲の数人、という意味ですけど)それぞれ
とらわれていた「呪い」のような価値観から、ちょっと違った方向へ
踏み出していけそうな一日です・・・。

実際、それができたかどうかはわからない。
出来なかった人もいるかもしれない。でも今までやったことのなかった、
やろうとも思わなかった、出来るとは思わなかったささやかな壁を
今日なら越していけるのではないか?

何の根拠もなく、そんなことを思って投稿してみた。
理由は聞かないで~
FBサイトも閉じるかもしれないし、わからないけど、決めてないけど、
PR誌ちくま7月号の「最果タヒ/最果てからお届けします。27」の
「広大なきみの瞳のなかで世界」というエッセイ、今回の文章は良く理解できる。

私も思ってしまう、「インターネットは本当に世界なんだろうか」と。
どっちが世界なのかよくわからない。
ものすごく巧妙に絡め捕られているような感じは年々強まる。
それがあまり好きではない自分がいるんだ。。。

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# by iwashido | 2018-06-24 11:02 | Comments(0)

夏至の日に 玄武あらわれ 甲羅干し

梅雨です夏至です(過ぎてるけど)。

季節はどんどん夏に向かって加速し、もう2018年の半分は目前。

正確に言えば夏至の前日だったけど、勤務先の北側の駐車場に、
昼休み用事で外出して帰ってきた時、砂利の上に何かがいた。
(アスファルトで舗装されていないところもあるラフな駐車スペース)
良く見ると生き物のようである、石ではない、そうか、カメだ!

去年、ガケしたの池からつつじの植え込みに産卵しに来たイシガメ?
の話は聞いていたけど、そのカメかしらん・・・。
車から降りてそのカメと目がってしまい、しばししゃがみこんで甲羅に手をあてる。
枯葉や松葉などを乗せていたので取ってあげた。
カメはもちろんその時は、手足も首もすくめ、警戒モードだったけど。
ミドリガメの何倍も大きい亀でした。

その話を、図書室に来ていたH先生にすると(社会担当)、
「それは、いいですね! 北の守護神は玄武なんです(カメの化身?)。
 ぼくはこの学校の周囲を平安京に見立てて、四神に守ってもらう的な
 イメージを生徒にもって欲しいんですよ~。これは吉兆ですよ。」

私は『モモ』(M.エンデ)に出てくるカメに出会った気分で
何でこのタイミングで私の前に出てきてくれたのかを、考えています。



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# by iwashido | 2018-06-23 09:50 | Comments(0)

撃たれても 雉は鳴きたい 初夏の朝

身の回りに普通に鳥がいる。
飼っている訳ではない(飼っていた時期もあったけど)。
普通の鳥が日常に出いりする。

まずはスズメ、電線に止まり、米をついばみに来る。
それからツバメ、納屋に巣を作り、稲わらや虫や糞をおとして
旅立っていく。だいたい3月末から7月のできごと。

それから、カラス。ゴミをあさりに、もしくはツバメの雛を狙って
家のすぐ近くに来たりする。秋にはつるしてある干し柿も狙われる。
さらには、カモ。ひらたい黄色いくちばしをしたカモは、
水田に音を立てて着地し、苗の間を泳ぎ、何かをついばんでいる。

シラサギやゴイサギ、冬にはハクチョウ、たまにトキも見たこともあったっけ?
(トキは稀ですが。。ホントにたまたま一度、近くで遭遇したけど。)

一時期、庭の木に状態の良くないミカンをさして置いたら
ヒヨドリが良く来ていた。気をよくして、半分に切ったミカンを
石の上においておいたら、種だけ残って皮も実もまったくなくなっていた
状態の時はあって、それはさすがに鳥の食べ方ではないだろう、と思い
(何か動物、もしくは哺乳類?)怖くなってやめた。
冬の足跡などを見ると、いろんな動物が家の周りを通過しておるようだ。

そんな中で、明け方、鳴く鳥がいる。
音を表記するのは正確にしようとするととても難しいのだが
あれを「ケーンケーン」と書くのなら、おそらく雉だろう。
近くの草むらに雉がつがい出入りするのを家人は見たことがあるという。
私は個体識別能力が弱い(固有名詞や花や鳥の名前が覚えられない)ので
見たことがあったとしても「雉」として認識していないかもしれないけど
鳴き声は特徴的だ。だいたい同じ頃に鳴いている。

「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざがあるけど、
それは人間にとっては「余計なことを言うな」という戒めなのだろうけど、
「雉は撃たれても鳴きたい」のだと思う。
毎朝、同じ頃にケーンケーンというような音が聞こえてくるたびに
そう思う。撃たれようが訴えられようが、鳴きたいものは鳴きたいのだ。




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# by iwashido | 2018-06-16 08:57 | 季節のできごと | Comments(0)

木の浦にて。

さいはてのカフェで見つけし国産の 檸檬に我は 心救わる

5月ちょっと自分にしてはお出かけ(たって北陸3県内ですが)が続いたので
かなり消耗気味。一昨日も、大好きな方(年上ですよ、しかも同性、先輩ってか先生?)
から、東京への日帰り研修の会に誘っていただいたのだが、
行けばその前後にしわ寄せが来ることが必至。
金沢周辺から東京へはもう「日帰り」が定着しているのですね。
ニイガタに新幹線が通じて(いつの話や?)新潟~東京が日帰り圏内になった
のと同じようなものか。(私は一応新潟県人なので)

この、何かが私をいたたまれずさせる精神の焦燥感に効くのは
あまりにも凡庸かもしれないけど「檸檬」なのであった。
梶井基次郎の小説の「檸檬」。短いです、現代文の定番といってもよろしい。

よくいくスーパーにあるのは当然のことながら「米国産」。
防腐剤だの酸化防止剤など含まれていると書いてあると
あまり買いたくはない。一回だけ「見切り品」の箱の中にあったのを買って
図書室の棚の『檸檬』の本の前に飾っておいたら、数名が反応した。
数名・・・少ないのか多いのか。0でなかったことを喜ぶべきか。
でも日が経つにつれて瑞々しさがなくなり、干からびてきて
全然「爆弾」らしくなくなったので撤収。次のものを探していた。

他のもので代用が効かないか探して〔軽く握って)みたけど
トマトはやわらかすぎ、オレンジは丸すぎ、グレープフルーツは大きすぎ、
アボガトは悪くはないような形だが、色が地味。
ジャガイモにはあまり精神性を感じられないし、バナナは即物的すぎる・・・。

そしたら。たまたま立ち寄ったCAFE COVE(木の浦のカフェです)にあったのだ。
しかも国産の。オーナーさんの実家が四国のほうだそうで、実家から送ってもらう
のだとか。少し表面に傷ともいえないえくぼやほくろのようなものはあるが
防腐剤未使用な証拠なわけで。形も小ぶりで手のひらになじむ。
これですよこれ。

梶井基次郎が青物屋の店先でみつけたのもこのようなものではなかったか。
そんな訳で、檸檬を精神安定剤にして、しばらく過ごしています。
月曜日にまた図書館の棚のどこかにこの「爆弾」をセットしてみよう。







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# by iwashido | 2018-06-02 11:24 | Comments(0)

人住まぬ 天からの手紙 待ちわびる

先日、片山津の「中谷宇吉郎科学館(記念館でしたか?)」に立ち寄った。
そんなに時間もなく、DVD映画も視ず、ただひたすら下のフロアーの展示を見る。

「イグアノドンの唄」が耳からはなれず、時々口ずさむ。
3回繰り返されるのは、3人の子どもの唄声なのかな?
雪の結晶をまじまじと注意してみたことはじつはないけれど、
一つとして同じものはないと、あれだけ無数の個別個体を、分類し
同定していくのが科学者の知性なのか、と驚く。

わたしにはこういう根気がない。
誰かがおおざっぱでもいい、アウトラインというか方向性を示してくれれば
それに乗って、いかにも自分がしたかのような手柄たてたような分類はできる
かもしれない。でも誰もしたことがないのに、これとこれは仲間でしょう、
これはこれの派生形でしょう、などと積み上げていくような思考は苦手かも。。、

個別の背後にあるかもしれない抽象を推論するのは嫌いじゃない、
その時目の前の個別は吹き飛んでいる、というか透けて見えてしまって
自分も含めた個別をおろそかにしてしまいがち。
個別よりも抽象が勝ったら人は生きにくい、理念に準じたり理想に押しつぶされたり。
きっとずっとそんなふうに生きてきた、だから生きにくかったのかとやっとわかった。

左目の手術をして、いままであんまり使っていなかった右脳が活性化し、
やっと人並の感情的な感覚が理解できつつある。
そうか、こうすれば人は怒るのか、悲しむのか、焦るのか。。。。
自分の感情も含めて感情は理想より下だった(私の中では)。
でもKのように、理想に殉じて命を落とすわけにはいかない。
なんとかして生き延びよう、もう少し、人生には楽しいところもあると痛感できるまで。

中谷宇吉郎が描いた掛け軸の絵に添えられた、湯川秀樹の短歌が美しかった。
その真似をして俳句(タイトル)を作ってみたが、イマイチすわりが悪い。
これは冬に輝く詩なんだろうな。


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# by iwashido | 2018-05-16 23:05 | 朔のつぶやき | Comments(0)

望月(もちづき)を 水面にうつし 田植え前

もうすぐ田植。
今年は連休中にするということになり、
準備が早めに推移している。

昨日代搔きを終えた田んぼは満面に水を張って鏡のよう。
台所の窓から見えるそれに、昨日は月が映っていた。
なんともいえない静けさと緊張感。

言葉が雪のように降ってくればいいのに。
音のように自由に操れるようになればいいのに。

そのためには修行が必要だね。

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# by iwashido | 2018-04-30 05:53 | Comments(0)

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