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LOGOSさんの月に1,2回古書店

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一つずつ片づける。一歩ずつ進む。

何を言っても言い訳にしかならないので、せめてこのブログで発散。
別に誰もよまなくてもいいし。
でも、書くことで、言葉にすることで確実に世界は少しだけ動く、ような気がする。
ほんの少し、猫の額ほどかもしれないけれど。

私は一つやりだすと、すぐそれに関連する別のことに気をとられ、
いつまでも最初に思っていたことをやり遂げられない性質である。
たとえば、部屋の掃除をしようとする、するとそこに積んであった本を片付けているうちに
その本の1冊の読書に没頭したりとか、本の箱詰めをしようとして洋服の冬物整理のことを
ふと思い出し、クリーニングに出すとか洗濯を始めてしまったり。
まあそんなことは誰にでもあることだろう。

基本的に、人間が怖いので、できるだけ近づきたくない、
でも一人でずっといられるわけでもない。
基本的信頼感の欠如、それは自分に対しても他人に対しても。

12月頃から、ずっと喉に不調を感じ、飲み込みにくいような、ひっかかるような、
今までだったらごっくんと呑み込めたものがスムーズにいかない。
耳鼻科にいって、ファイバースコープをしても、消化器内科で胃カメラをしても
特にこれといってわかる潰瘍や異物があるわけでもない。
要するに更年期のヒステリー球とか、不安神経症とか言われるやつなんだろう。

昨年末に、実家に帰省した時、どうしても喉のつまり感が消えず、妹にたのんで
市内の救急外来にまでいった。夜9時頃なのに、結構な患者さんが来ていた。
私を見てくれた医師はまだ若い感じのお医者さんだったが、
「喉というのは、とても繊細な器官なんです。そうでなければ、モノを食べたり、
声を出したりという行為はとてもできません。だから、以前の嫌な記憶(感覚)
を覚えていて、ちょっとしたキズやひっかかりが必要以上に痛みを感じさせる
場合があります」というようなことを言ってくれた(かなり想像でおぎなってます)。

昔から、玉薬を飲むのは苦手でねえ、よく「飲んだ」と言ってはゴミ箱に捨ててたな。
何か言いたいことをずっと押し黙って来たのではないか。
自分から進んで、小さい四角い箱に自分を押し込めて、手も足も縮めて、
村上春樹的なメタファーでいえば、函男というか、冷蔵庫の中に閉じこもって
生きて生きたのではないか・・・そんなことを思った。
それは誰が悪いとかいう問題ではなくて、ね。
こうであるべき、こうしなければ、そんなふうに自分を強いてきたのかな、、、。

今年はちょっとずつ、自己主張をする、我慢しすぎない、我儘に生きる。
そんなことを思う、ゴールデンウイークの二日目であった。
明日は用事があって、お出かけします~。運転気をつけよう。


by iwashido | 2019-04-28 10:54 | 朔のつぶやき | Comments(0)

哲学は人生論、人生は哲学?

諸事情により、本日の計画(予定)はすべてキャンセル、
そして丸一日の休養をいただいております。LOGOS定例OPENも、金沢一箱古本市もごめんなさい。

先日、福井の勝木書店(本店)へ行った。一時期、駅前再開発のため閉店になるとかならないとか、
移転したとかしないとか噂レベルの話が飛び交ったような気もしたが、先週の日曜にはやっていた。
2階にある、みすず・岩波の単行本がずらりとそろったコーナーがお気にいりですが、
今回は1階のレジ前新刊スペースの前から動けなくなった。
下は売れ筋・話題の本の文芸書平積みの上の棚に、「読みたい」と思うような本が
目白押しに並んでいる。主には日本の文芸書、でも文学だけでなくエッセイも評論も、
時には海外文学も入り混じって絶妙な棚配置の前から、動くに動けない。

左から右へ、上から下へ順に目を動かすうち、サリンジャーの幻の短編新訳(このサンドイッチ、マヨネーズが。。)とか、ナナクロ社の本とか、まあこの本の密度は何? というような磁場になっていた。
あとで良く見たら、どうもこの並びは「書名の50音順」に並んでいることに気付いた。
だから「猫が」とか「猫に関する・・」などという猫本が続いて並んでいたわけだ。

ダンナ曰く、「ここで働く人たちは、自分がいかにいい本屋で働いているか、気づいているのかな?」
というけれど、それは当人に聞いてみないとわからない。もと書店員だった彼には、このような
昭和的な本屋で、かつ人文書にもこれだけ棚をさけるというのは、理想に近いものらしい。

階段の横に、いろいろな作家の方からの寄せ書き・色紙で「応援します」的なコメントが
多く展示されていたので、幸いなことに今すぐ移転閉店ということにはならなかったようです。
(裏話も詳細はしらないので、もしまったく違う展開が待っているのだったら、ごめんなさい。)

結局自分は、今村夏子の新刊と、國分功一郎の『哲学の先生と人生の話をしよう』(朝日新聞出版)
を購入。今村夏子は、旦那が読みたいと言ってた本なので、買ってあげた感じ。
國分氏の本は、この前図書館で借りて読んで結局購入した『中動態の世界』(医学書院)が面白く
またエキサイティングで、現時点での今年度ナンバー1図書であるところの影響による。

これは、あるメールマガジンで連載されていた「人生相談」を本にまとめたものだそうだ。
人生相談、よく新聞紙上で掲載されていますよね。いろんな人が、それぞれの立場から、
時にはあたりさわりなく、時には核心をつくような、時には受け止めるだけでOK,いろんな回答がある。
この國分先生の「人生相談」の素晴らしい点は、相談に「哲学」という視座を導入した点だ。
寄せられている質問が特別高尚だとか哲学的だとか、そういうわけではない。
「子持ちの彼女への愛は本物か」「先行きが見えず不安」とか「会社の先輩に行きたくない飲み会に誘われる」等、ごく普通の、日常生活上だれもが一度以上は思い当たる質問ばかりだ。

このような質問に、テツガク教師である筆者は、大全力で、現代思想からギリシアにまでさかのぼる
膨大な哲学・思想のエッセンスをもって立ち向かう。例えば「子持ちの彼女への愛は本物か」という質問にはドゥルーズキーワードをもって、「彼女のためにソープ通いをやめるべきか」という質問には、マリノフスキーの『未開社会における性と抑圧』をもって、「行きたくない飲み会に誘われる」という質問には『読む哲学事典』(田島正樹)を参照するように、と答えるのである。もちろん、本が紹介されるまでには、質問者の想いを組むような考察があり、書かれた文章から書かれていな部分を補う想像力があり、質問者の本当の悩みは何なのかを探り当てようとする、國分氏の哲学的な眼差しが本書を支えているのはいうまでもない。

今の時代に「哲学」とかいうと、もう時代遅れの、過去の遺物の、理想ばかりをふりかざす無用の長物と思われる場合が多いのかもしれないが、この本を読むと、改めて哲学とは人生であり、人生とは哲学であることに気づかされ、非常に力をもらえた。

何よりも秀逸だと思った言葉は、「どうしたら前向きに語学を勉強することができるか」という質問に対して、
國分氏があげた引用である。。。もし、私が、朝日新聞の「折々のことば」(鷲田清一氏選、で一面に掲載中の)に、推薦する権利をもらえたとしたら、これを推薦したい。
日本を代表するドイツ語学者の関口存男氏が書かれた、ドイツ語の教科書『関口・初等ドイツ語講座』(三修社)に、國分氏が帯文を寄せたくらい、尊敬する先生だそうだ。これくらいの気持ちがあれば、人生なんでもやって行けると思ったし、やはり人生は哲学なのだ(別に概念や語句を丸暗記することではないですよ)と強く激しく同意する次第なのであった。

(関口存男の言葉)
「世間が面白くない時は勉強に限る。失業の救済はどうするが知らないが個人の救済は勉強だ」










by iwashido | 2019-04-21 14:36 | 読書日記 | Comments(0)

人生は、楽しんだものが勝ち、なのかな?

新しい元号が「ら行」の言葉なので、ちょっと新鮮に思っています。。。
何だったかの短い文章に、「自分は「ら行」の言葉が好き」と書いたので。
らりるれろ、って、ちょっと響きが日本語離れしてると思いませんか?
「あ」行や「な」行に比べると、って話ですけど。

自分、頭硬いな~って最近思う出来事にひんぱんに遭遇。
とてつもなく既成概念にしばられている。
こうあるべき、最低限これくらいはクリアーしてないと意味ない、認めない。
そんなこと思っている間に、若い人たちはどんどんオリジナルな発想で
既成の権威やあるべき姿をあっさり乗り越え自由に行き来しているのに。

ああ、時代が変わるんだね。
いい意味でも悪い意味でも。
どんなに努力しても、変えられないものもあるけど、見方を変えることで
すっかり変わる場合もある。

ダンナが「ラジオ深夜便」で面白い話を聞いた、と教えてくれて
ある女性物理学者で、湯川博士に師事したくて京大に行って、
結婚して三人のお子さんを育てながら研究もして
日本物理学会の会長を務めたこともあって、
猿橋賞も受賞したこともあって、
次の5つのことを大事にした人。
「一、自分の可能性に限界を引かない
 二、行動に移す
 三、めげない
 四、優先順位をつける
 五、集中力を養う・・・。」

調べたら、米沢富美子氏で、既に故人なのですが、
ラジオ深夜便のアンコール放送だったそうです。
それで本を借りてみた。『人生は、楽しんだ者が勝ちだ~私の履歴書』
(日本経済新聞出版社/米沢富美子・著/2014年刊)

すごい人生。凄すぎる。とても優秀なお母さんだったのに、時代の波に押され、
「女に学問は不要」と高校卒業後証券会社に勤務(昭和10年・1935年頃)。
昭和19年(1944年)、著者が5歳の時、ある出来事がおこる。
「三角形の内角の和は二直角(180度)」と童謡でも歌うように口ずさんだ母に
お絵かきしていた娘が食いつく。平行線を2本引いて、内角の和の証明法を
図解してくれた、というのだ。「こんなにも面白いものが世の中にあるのか!」
5歳にして天地開闢のように打たれる娘。自分の娘に才能を見出した母親。

でもこの感じ、ちょっとわかる。レベル違うけど、数学って面白かった。
物理学を志したけど、数学はずっと一番好きだった、というのもわかる。
私は物理なんて最初からわかんなかったけど。。。

ダンナが言いたかったのは「世代を超えて果たされる夢(望み)もある」ということ。
言われてみれば、自分もそうだ。父も母も、勉強したかったのに家業や
家のために、最高学府には進学できなかった。その代り娘三人、四大に進ませてくれた。
自分の届けなかった部分に、子どもが届く、というのは私にもあったし。

お母さんの代わりに、当時(昭和30年代)珍しかったリケジョ、しかも物理学を
志し、「米沢を女とは思わなかった、一人の科学者だと思っていた」と言わせしめた
力量。結婚も研究もどっちもとれば、というプロポーズに応えた彼女。
すごすぎる。
せめて5か条のどれかは、守ってみよう。
まずは自分の可能性に限界を引かないことかな(笑)?



by iwashido | 2019-04-03 23:49 | 読書日記 | Comments(0)

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