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古本LOGOSの 月1,2回古書店。

やっぱり古本屋。

1月某日 雲
 氷見まで行ってきた。催事搬入が昨日だったことを思い出し。
ダンナに会社休んでもらって、軽ワゴンで。
 本棚も三度倒れるともう立て直す気力はない。そうだ、この絵本をぜんぶ売っちゃおう! そう思った。どうせ通販も再開できないなら、ここにガラクタのように積んである本を、売りに出すのだ。値段もテキトー、ただ、ガラスの破片がないかだけ、確かめて。
 珠州の人は今、本にお金を払おうとは思えないだろう。それよりも、暖かい居場所(図書館、やってましたよ)、お風呂(銭湯再開、自衛隊風呂も)、キレイなトイレ、お湯で洗顔、プライバシーの守れる空間、などが最優先。
 氷見まで約3時間、道路は日に日によくなる、でも「氷見でお風呂入って、回転寿司」の時間はなかった。値段もつけたかつけてないかわからない本、ワゴン一台でも充分な量、相変わらず準備不足な棚。
 写真を撮る気にもならない、参加することにしか意義はない、お金もいらない、ただゴミになるくらいなら、10円でも100円でも売って死にたい。関東大震災の後の、岩波某氏のようにはなれないだろうけど。珠州で古本屋をやってる意味なんて、誰にも理解してもらえないだろうけど。
いま、今しかないのだ。未来なんて、仮想通貨に等しい。

すべてのリアク

# by iwashido | 2024-01-29 10:43 | ロゴス&LOGOS | Comments(0)

本のない世界で生きることを強要されることが、意味するものは。

1月某日 
 
 年末前からなぜかずっと読んでいた本、『溺れるものと救われるもの』。イタリア系ユダヤ人で、アウシュビッツを生き延び、多くの著作を書いたのちに自殺した人。化学者でもあった。今回の震災や避難所生活を、彼の文章から(私が)想像するアウシュビッツに似た空気を感じる瞬間は何度もあった。例えば、炊き出しの配給に並ぶとき。トイレのやり方を指示される時(それ自体は、清潔を維持するために必要で、その掃除や始末をする方の苦労には頭が下がる)、誰がいい場所にいるとか、あの人ばっかり毛布たくさん持ち込んで、とか。とかく悪目立ちした。アニマル仕様のスリッパ履いたり、花柄のエコバッグ持って配給に並んだりさ。みんな同じが好きなんだね。私は空気読めない人間だしね。

(以下引用、文ははプリーモ・レーヴィ/竹山博英 訳)
「…私には教養は役に立った。いつもではなく、時々、潜在的な、予期できないような形でだったが役に立ったし、おそらく私の命を救った。(中略)…
 当時、あの場では、それ(印刷された紙?)は非常な価値があった。それは過去との絆を再構築し、忘却から救い出し、私のアイデンティティを強化してくれた。(略)レイ・ブラッドベリの『華氏四五一度』を読んだり、映画を見た方は、本のない世界に生きるよう強制されることが何を意味するか、その世界で本の記憶を持つことがいかなる価値を持つか、思い描くことができるだろう。私にとってラーゲルとはこうしたものでもあった。。。。」
(以上『溺れるものと救われるもの』プリーモ・レーヴィ/朝日文庫、6.アウシュビッツの知識人より引用)
 やっぱり本は必要なのかも。本、というか、本に印刷された価値のある言葉が求められている。力のある言葉は、いつかわたしを救うだろう。
発掘して来た本たち。避難リュックに入りきれない。。。
日記、本、テキストの画像のようです


# by iwashido | 2024-01-29 10:34 | 朔のつぶやき | Comments(0)

ラジカセで 音楽を聴く 昼下がり

1月某日 雲時々晴れ、雨も降る。

 内線工事屋さんが思いの外早く動いて下さり、母屋に配電盤、引き込み、漏電防止ブレーカーなどの工事を進めてくださる。なんと、電気開通‼️ 台所のエアコン、生きていた、Wi-Fi使える、充電のためにもう避難所に通わなくてよい。洗濯機はまだ無理だけど、元々テレビも見ないし石油ストーブ派なので、これで充分。
 2階に上がって、いる本、いらない本、分けていく。いらない本は売りに出す。取っておきたい本は最小限に。もともとが絵本向きの人間じゃないのに、無理しちゃってたね。子どもたちと作った「手作り絵本」は真っ先に下に運び出して安全な場所に。これだけは二度と手に入らない。重版も再販も出来ない。世界で一冊の絵本。これだけは守りたい(単なるノスタルジー)。
 それから、徐に音楽が聞きたくなる。スマホっ子じゃないから、ラジカセなのよー🎵 昔ダビングしたテープ、大滝詠一、矢野顕子、佐野元春、サザン、ミスチル? まさかのバッハの平均律? いまは気分じゃないなー、いまはこれかな。『ダブル・ファンタジー』レノン&ヨーコ。いやー。オノヨーコ様、天才。Starting over に続く、 Kiss Kiss Kiss。すごいね。これを、ジョンの曲と並べて出してしまう、その彼女の自信、潔さ、自分はこれである、と主張する、これこそが天才。他人の評価など気にしない。
 音楽的には、ポピュラー的には、ジョンのほうが洗練されていて聴いやすい、だけどだけど、Yoko Ono にしか歌えない歌がある。かくありたいものである。カセットテープ、2階に山程ある。当分ノスタルジーで楽しめそうな一週間である。
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すべてのリアクシ

# by iwashido | 2024-01-29 10:14 | 朔のつぶやき | Comments(0)

写真の持つ力、もしくは見えるものと見えないもの。

1月某日 昨晩は雪降ったが、日差しも出る。雪のち晴れ。

 最近の天気予報は煽りすぎ。予報は予想でしか無い、その通りになるとは限らない。今の大気の状況、雲の動き、風の向きに耳を澄ませば自分のいる周辺の天気ぐらい、なんとなくこうなる、って思えないのかな。情報に振り回されすぎ。スマホいらない、ガラケーとiPadで充分。ラジオの国会答弁で、近藤和也氏の質問を聴く。元旦のあの日、奥能登を回って、穴水のガソリンスタンド周辺で地震にあった模様。里山道路の陸橋の上に居なくて良かったね。みんな他人事のキレイ事の答弁だが、この体験談だけはこころに届いた。
 年末から借りっぱなしの本があったので、図書館に電話したら普通にやっているという。本も返却はいつでもいいって。拍子抜けする程に危機感のない力の抜けた対応に、ふとわれに帰る。そうだ、図書館行こう。避難所のWi-Fi最近思う繋がりにくいし。朝日や日経などの全国紙も読みたいし。時国家(輪島市町野)も倒壊したとの噂を聞く。被害の全容がわからない。避難所にいると周囲のことしか、自宅にいれば家族のことしか、でももっと全体を見通す目が欲しい。
 写真はインパクト強すぎて、あまり載せるのを控えてきた、無責任に他人の家の被害を拡散したくもないから、比較的抽象画敵な、アートにみえるような、メタファーでまぶせるようなそんな風景に限っていた。でも、一枚(二枚かな)の写真がある人(ダンナね)の行動を変えた様子を目の当たりにして、写真には写真にしか出来ない不思議な力があると気付いた。
 地震直後、自宅納屋が倒壊する現場を見たダンナは、もう車三台諦めて、大津波警報から逃げようと走って家族と高台に逃げた、車庫に入れたローンの残っている赤い車のことはもう考えたくない、と務めて目を逸らしてきた。しかし、廃車届けをだすにしても、所有者からの届けが必要とのこと、それはつまり車を買った某大手中古車販売店。嫌々ながら電話する。能天気な声、型通りの心配してる口先だけの営業トーク。腹が立ってきてずいぶんひどいことを言ったかもしれない、高いローン組ませやがって(即金で払うと言ったのに)、分不相応なこんな車買うからこんな目にあったんだわ、親戚に家の下敷きになって死んだ人がいる、それに比べれば車くらい生贄に捧げても平気、などなど。。。ともかく写真撮って送って、と言うから、危険を承知で納屋に近づき、赤い車の写真撮る。そしたら意外にも、かたちは残っていた。納屋の横板がふわっと乗って、瓦は軽自動車のほうに行ったから、エンジンいきていれば動かせるかも。。。
おずおずとダンナに写真見せた、いやもう見たくない、考えたくないと失意の彼、しかし、ほら、思っていたより全然いいよ、形残っているよ、三枚目の写真見て彼は少し希望を持ったようだ、午後かあ半日かかって一人で瓦を一枚ずつはがし、チェーンソーで柱を切り、壊れたガラスを丁寧によりわけ、通りかかった近所の人の助けも借りて、なんとか脱出させた。エンジンは動いた、CDも聴けた、満身創痍だがまだ生きていた。家屋の下敷きになって亡くなった彼女彼らに比べたら(比べられることではないが)少しがんばってみようかと思えた。
 今では、主に自宅で、石油ストーブとカセットコンロで配給物資を調理し、白菜とネギの鍋を食べ、土鍋でごはんも炊いてます。毎日カップ麺食べても怒られないこのルーズな暮らしにハマりそう。風呂も一週間に一回で充分。ズボラなので。寒い日は早く寝るに限る。
 写真には力がある、と言うお話でした。脱線だらけで。

すべてのリアク

# by iwashido | 2024-01-29 10:09 | 朔のつぶやき | Comments(0)

万物は火である、もしくは水である。

一月某日 曇りのち雪

友達から竈を借りたので、一人左義長。日にちは違うよ。しめ縄や、古いお札、他に燃やしたいものがもう一つ。娘が近くの神社で元旦の三時半頃ひいたおみくじが、限りなく凶に近い中吉で、あまりにも今の状況を予言したのではないか、、、と思うほど、言霊開陳してしまったかもしれないのを、神社の梅の木に結んできたと言うので、それを探して燃やそうと思った。とはいえ、雨に当たってもう文字はちゃんと読めないし、一つ一つ取るのも苦労。。なのでまとめて全部持ってきた。大した数じゃない、小さな神社。
 火は、浄化である。左義長はきちんと15日にするべきだ。わたし、左義長担当になりたいな。各地で古い言葉やシンボルを燃やして大地に返す。陰陽五行、という循環。
 

立春が待ち遠しい、寒の頃。

# by iwashido | 2024-01-29 10:05 | 朔のつぶやき | Comments(0)

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