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LOGOSさんの月に1,2回古書店

原点回帰。

いろいろな問題が複雑にからみあい、自分がどうすればいいのかわからなくなることがある。
今はいろんな本や情報が出回り、さがせばどのような答えでも出てくる。
その本を書いた人、考え方を発表した人の立場や思いで、論旨は違ってくる。

そういう時は、原点に立ち返る。そのような考えが出てくる背景になるような、歴史的にも論理的にも
それを照らす光源となるような、おおもとの思想に立ち返ってみること。

例えば今、興味関心が極度に強まっているのは、図書館や本のある場所の定義や役割についてだが、
それこそ百花繚乱、商業施設から古典的な図書館まで十羽ひとからげで語られる。
自分はどのスタンスなのか、ついわからなくなっていた。
でも、呪文のような、魔法のような、原点を照らすLOGOSを手に入れることができた。
それは、図書館学の始祖ともいうべき、ラガナタンの図書館五原則。
限られた26語の単語で図書館の特質を見事に表している。

今回、ある研修会で、その五原則の本質について語られた本を紹介されさっそく読んだところ
最近ずっともやもやしていた思いが晴れるような、霧の中で「こっちに進めばいいんだよ」と
言われたような思いになった。まだ途中ですが、うーん、原理とはこういうことか。
五原則の英文は、ラガナタンがもともとインド出身であることも含めて理解すると
なぜ動詞にあたる言葉がないのかも、よく理解できた。
(続く)
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# by iwashido | 2015-10-21 05:48 | 朔のつぶやき | Comments(0)

冒険する。方違え的に。

ちょっとした認識論的転換。

守っていたつもりが、実は守られていた。
立場の上下は関係ない。人はつねに対等なのだった。

上手くいっているように見えている部分と、そうでない部分。
「上手くいっている」と判断する根拠は何? 数字? それとも本質?

昔の人は、その日の吉方角と、凶の方角を見ながら、
目的の地へたどりつくために、わざと遠回り、う回路を経るという作業ができた。
私たちはあまりにも目的地に向かってショートカット・最短距離を選びすぎているのではないか。
あえて遠回り、あえて逆方向へ向かってみるという冒険があってもよい。

そんなわけで明日は、一日ちょっと冒険(方違え的に)の一日にします。
どこに、なにをしにいくかは今は秘密。

無事帰ってこられましたら(そんな危険なとこいくわけじゃぜんぜんないの(笑))
報告しますね。
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# by iwashido | 2015-10-03 15:52 | 朔のつぶやき | Comments(0)

びっくり。

横浜市教育委員会の、会議の議事録(2015年3月開催)を偶然見つけて、
何気なくPDFを開いたら、びっくりした。

「読書活動における先進的取組事例ヒアリング先」として、以下の2つの文庫が
取り上げられていたのである。

1、いか文庫
2、MAME BOOKS

(議事録は以下のリンクより>

「いか文庫」は、お店も本も持たない「エア本屋」。
「MAME BOOKS」は、散歩する移動式古書店、とある。

このような活動を「アウトリーチ」的読書活動ととらえることができる
横浜市教育委員会は、大変柔軟な考えを受け入れる余地があるのだなあ、とびっくり。

本の可能性、本屋の可能性をあきらめてはけない。
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# by iwashido | 2015-09-17 13:48 | いわし洞文庫 | Comments(0)

断崖を下る

先日、車で新潟の実家へ帰省。
ひとりではないので運転交代しながら片道400キロ超のドライブ。
福井に行くよりは遠いけど、思っていたほどでもなかった。
1泊して帰る時、連れ合いがどうしても寄りたいところがあるという。
糸魚川を過ぎて親不知、その断崖をみたい、近くまで行きたいという。

カーナビもない、アナログ地図派の二人は感だけで親不知インターで下車し
峠越えを目指す。いわゆる国道8号線を富山方面へ向かった。
後ろからの速い車に遠慮して、左側に入る駐車スペースでいったん停車。
すると目の前には「観光ホテル」の駐車場と、コミュニティロードの案内板が。
もしかしたらここはかなり目指していたところであった。

観光用の無料駐車場に車を止め、下へおりる階段を発見!
天下の険・親不知の断崖絶壁を下ることになる。
とはいえ、観光用に階段も整備され手すりもあり、かなり親切。
しかし勾配は急なのでそれなりの注意は必要。しばらくいくと
廃線になった線路のトンネルがある。ここは第3世代の道の遺構で
トンネル内はもちろn立ち入り禁止なのだけれど、いつかは行ってみたい気持ちわくわく。
昔BSのテレビで、廃道や廃線を訪ねる旅の小特集で取り上げられていた場所かも。

そこから最後の直線の階段を下りていくとそこには海があった。
そここそが第一世代の海越えの親不知越えの道で、
多くの人が命がけの旅をしていたころが確かにあった。
カメラを持っていなかったので、ガラケーの写メで撮影したけど
データ移行できず写真はない。
奥能登にもこれとよく似たところは何か所かあるように思った。

いまでは高速道路や新幹線で、ただの暗いトンネルで通過してしまう親不知だけれど
その原点はこの断崖絶壁。
西と東の分岐点。
観光ホテルを起点に、明治時代の道をコミュニティロードとして整備して残しており
ここはいつかゆっくり歩いて散策したいと思った。
この日は夕暮れ前に、能登越えを目指さねばならぬので
親不知とはさようなら。いつかまたきっと来ます、と
石を一つだけ持ち帰りました。
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# by iwashido | 2015-08-13 10:18 | 朔のつぶやき | Comments(0)

浦島太郎

いろいろ浦島太郎である。

私の知らないうちに世界は変容しつつあった。

人間あきらめてはいけない。

何が幸いするかは、わからない。

急に夏になりましたね(朝から暑い;;)
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# by iwashido | 2015-07-14 05:56 | 朔のつぶやき | Comments(0)

雨なんだなァ。

今日は雨。

梅の実を取らねばならないのに、動けない。

でもたまには、こんな日も必要。

2週間にいちにちくらいは、どこへも出かけず、
誰にも会わず(家族以外は)、
乱れたきもちを整える日にしたいものです。
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# by iwashido | 2015-06-27 13:46 | 季節のできごと | Comments(0)

思いがけず見つけた場所。

能登方面の道路を走っていると、いきなり「かほくイオンまであと◎△キロ」なんて表示に
出くわすことがある。はたしてここからそこまで「あと何キロ」と表示するような距離なのだろうか、
といつも疑問に思うけど、家人曰く、「(かほくイオンのほうが)知り合いにあう確率は高い」とのたまう。
それくらい、奥能登の人間がこぞって出かけている場所の一つ、ということか。

かほくイオンには数えきれないくらい行ってしまっているが、
その近くに、非常に気になっていて、まだ1回しか行ったことのない場所があった。
それは、西田幾多郎記念哲学館。こっち、という矢印表示は何度となく目にし(イオンに行く度)、
1回だけ講演会に友だちといったことがあって、それが初体験。
ただそれきり、行く機会はなかった。
そこに先日、2回目の訪問が可能になった。
平日の夕方、中途半端に時間があいて、近くのガソリンスタンドで給油して、
用事のために(商品を取りに)イオンのほうへ行くべきか、その先の茶房へ行くか、
どうしようか迷って、そうだ、哲学館に行ってみよう、と思いついた。

新しい場所に行くのは非常に臆病というか警戒心が強くなってしまうのだが、
一度止めたことのある駐車場で、一度は上がったことのある階段、その経験が後押ししてくれた。
受付のおねえさんも、びっくりした感じで(?)こんな時間に来館者があるとは
思っていなかったとも思えるような表情(に見えた)。
割引もなく、でもたった300円でこの空間をほとんど一人占めできたのはラッキー。

安藤忠雄(でしたっけ?)の建築設計したそびえるような建物、展示スペースはその一部でしかなく、
ふんだんに空間を使い、庭的な部分も広く見晴らしもよく、
なんでもっと人が来ない? と思うくらいすごい場所。
まあ、静寂を好む人たちにとっては、人が来ないほうがいいのかもしれない。

彼の思想、を理解しているかどうかとかではなく、とにかく一度訪れて損はない。
私がいちばん気に入ったのは、地下に設計されてある「空の庭」。
ここは、とにかくすごい。
三方をコンクリートの壁に区切られた(1面は出入り口)、四角く切り取られた空だけが見える
座禅やヨガにも最適な庭。
数分間そこにたたずんでいたが、いろいろな鳥の鳴き声が聞こえ、
時折区切られた空を鳥が横切る。
誰にも来てほしくない。

21世紀美術館のタレルの部屋(でしたっけ?)と同じ思想だと思った。
21美は人がたくさんで騒々しいけど、こっちは静寂を独り占めできる。

良い場所を見つけた、と思った。
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# by iwashido | 2015-06-15 22:42 | 朔のつぶやき | Comments(0)

公共とプライベートのはざまで。

珠洲市の図書館が新しくなるらしい。
平成30年度(西暦で言うと2018年)をめどに開館を目指す方向で
現在検討委員会が答申を出すところまでいっている(はず)。

図書館が話題になるのは読書好きには嬉しい話のはずで、
私とて嬉しくないわけではない。でもなんというか複雑な思いもある。
この地域の特性というか地域性に根差した、本当に必要な図書館はなんなのか、
その辺の議論はまだまだ足りないと思う。深い考察と洞察力のある見通しもかけている。
うまく言えないけど、公共がやらなければならない部分と、
民間のほうがうまくいく試みのすみわけとか。本当にお金をかけなければならない部分はどこか、とか。

誰かに任せておいて、うまくいくレベルの話ではないような気がする。
新しくなるのを楽しみにする、というのもちょっともどかしい。
本当に本が好きなら、本という物体がこの世に残っていてほしいなら、
私にはもっとなすべきことがある(様な気がしてきた)。

私は昔から媒介変数。
誰かと誰か、誰かと何かをつなぐのが得意。
つないだら、背景に引いていく、そういう感じのが好き。
今のメインの仕事の立場を踏まえた上で、
何かできることを模索します。
きっと何かあるはず。
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# by iwashido | 2015-05-12 22:25 | いわし洞文庫 | Comments(0)

「図書」(岩波書店PR誌)恐るべし。

「図書」5月号を読んだ。
岩波書店の底力を感じさせられた(様な気がした)。

まず、巻頭の「ウソ日記」(最相葉月)。ウソ日記、さっそくさせてみたくなる(生徒に)。
それから平野啓一郎の、大学時代の回想と小野紀明先生の「西洋政治思想史」講義の思い出の文。
自分がその授業を受けていたような気分になり、ゾクゾクする。
うーん、受けてみたかったな。自分にとってのこれに近い体験は「言語学」のそれかな。

細川哲士氏の筆による「両界橋の謎~古文書の余白に」もすごい。
橋の名前から始まって、その土地の由来をどんどんたどっていく(舞台は東京の高尾駅近く)。
そしてその結末の文の見立ての確かなこと!
(…腕力で勝った方の意見がその後大勢を占めることになった、と記憶している。)
歴史は書き換えられ続けている。

そしてなんともうならされてしまったのは次のエッセイであった。
「私の遺伝子の小さな物語」。イリナ・グリゴレ。
手術をした後の身体が伝えるメッセージを細胞レベルにまで還元し
また意識は時空を超え、過去(先祖)と未来(ここではないどこか)を行き来する。
科学の歴史を三百年にすぎないと看過する凄さ。
古いしきたりは、中世の慣習は、本当に無知蒙昧の象徴なのか?
白川静の文字学に通ずる、呪術と祭礼の意味を帯びた儀式の文字への影響を思い出させる。

中世がいいと言っているわけではない、古代社会へのノスタルジーですらない、
ただ物事の・文字の起源にさかのぼることを忘れてはいないか、と警鐘を鳴らすだけ。

ギリシア語をよめるようになりたい、と思っていた頃の記憶を思い出してしまった。
今年は貪欲に勉強したいものである(いろんな意味でね)。

人文書、売れない時代にこのような初心者の初心を思い出させてくれる
良質な文章をたくさん載せたPR誌を無料で読めて幸運であった。
「ちくま」も面白く読んでいるけど、かなわない、と思った。
(毎号そう思えるほど読み込んでいるわけではないけど。今回はたまたま。)
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# by iwashido | 2015-05-07 23:47 | 読書日記 | Comments(0)

近くの田んぼに。

朱鷺がいました。
(5月3日のことです)
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写真は後ほどアップ(しました)。

こんな車通りの多い(?)道のちかくの田んぼへようこそ。
羽を広げてると朱鷺色の羽がわかりますが、ただ田んぼにおられたら
ちょっとこぶりのサギか、くちばしの長い鶏? とか思いそう。。

「朱」色の「鷺」なんですね、トキは。

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# by iwashido | 2015-05-04 10:53 | 季節のできごと | Comments(3)

3月が去る前に。

2月が逃げた、
1月は遠の昔に行っちゃってるし。

3月来たけど去る予感。だってもう今日は3日でしょ。
明日は高校の卒業式。
卒業式だってのに進路確定していない生徒まだ多数。
国公立の発表は6日から。
なんとも悩ましい日々です。

でもでも、春の足音は近づいているよ。
ふきのとう見つけたし(食べちゃったし)、
たんぽぽのゆらぎも感じるし、ハクチョウたちも旅立ちそうだし。

もうすこししたらツバメも来るよ、つくしも頭をだすよ。
だからだから、みんな日々を大切にすごそうね。
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# by iwashido | 2015-03-03 05:56 | 季節のできごと | Comments(0)

2月正月。

2月です。
明日は節分、明後日は立春。
寒いことは寒いけど、少しずつ春は近づいています。

そんなんで背景(スキン)を少し変えてみました。
気まぐれにときどき変えています。
またしばらくしたら、変わりますでしょう。
その変遷を目にできた人はラッキーかも?
(それくらいまめに投稿できればいいのだけれど・・・・)
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# by iwashido | 2015-02-02 06:03 | 季節のできごと | Comments(0)

時代遅れ

いろんなことが急速に変化している。
私たちが子どもの頃は、自宅に黒い電話があって、呼出(呼)というのも
クラス名簿にまれにあった。それがそのうちいつのまにやら
どんどん影が薄くなり、いまやデフォルトは「携帯電話」になっている感さえある。
そしてちょっと前までは、メールといえばPCメールアドレスで、
PCが家にあってインターネットが自宅で閲覧できることが特権的な時期もあった、
しかし今やブラウザの主流の半分はスマートフォンと呼ばれる端末で
メールといえば「スマホで受信」、メールさえ時代遅れで、LINEやフェイスブックで
連絡を取り合うことが通常で、そこに登録していないというだけで情報から疎外されても
それは入っていないほうの勝手、という論理さえ成り立ちそうである。

私は昭和に生まれて、昭和の時代に学生時代を過ごした世代なので、
強引な2分法であてはめればアナログ派であろう。
インターネットはけっこう早い時期からやっていたけれど、そこで止まっている。
ブログとミクシィまではついていけた、でもフェイスブックやスカイプには乗り遅れた。
携帯もいまだガラケーで、ショートメールのみの送受信で、一部連絡先には
多少の迷惑をかけているのかもしれない。メールといえばPCメールで止まったままなのだ。

それでいいのかどうか、実はよくわからないけれど、私はやっぱり他人にそこまで
自分を広げられない狭いというか臆病な面がある。
FBで安易に「いいね!」とか言われてその数を気にする自分が嫌だ。
発言に対して「いいね」か「やだね」でしか答えてもらえないようなコミュニケーションは
いやだなと、思ってしまう。
私の理想のコミュニケーションは、ソクラテスのいう「魂の産婆術」、でも会う人全員と
そんなことをやっていては身が持たないであろう、現代では。

FBは、確かにあるコミュニティではある、しかしそれが全てと思いたくない。
拒否をしているわけではない、遠巻きに見ていることしかできない自分がいるだけだ。
いろんなこと、つっこんで語り合いたいけど、なかなかうまい方法にたどりけない。

今年の目標は「BREAK THROUGH」ブレイクスル―、壁を越えていきたいのだけれど。
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# by iwashido | 2015-01-25 15:09 | 朔のつぶやき | Comments(0)

ドーミトリー ともきんす

『ドーミトリー ともきんす』(高野文子)を読むことができた。
書評等で取り上げられたのも読んでいたが、やはり実物にまさるものはない。
漫画という表現形式を借りた、一流の理科本ブックトーク。
これは高校図書館の蔵書に必備かもしれない、とひとりごちる。

知らない人のために説明すると、高野文子という漫画家さんの作品で、
架空のドーミトリー(寮)ともきんす、に、
トモナガくん(朝永振一郎)、マキノくん(牧野冨太郎)、ナカヤくん(中谷宇吉郎)、ユカワくん(湯川博士・・名前忘れた、ノーベル賞受賞者の)という4人の学生さんが住んでいるという設定で、
彼らの著作物やエッセイ・日記・本の紹介になっている。

幸いなことに、朝永振一郎著作集(みすず書房)が手近にあり、トモナガくんの若き日の
滞独日記を漫画と並行して読むことができた。
これがなんともすばらしい。ユカワくんとトモナガくんは専攻を同じくする(物理学)学生で、
ユカワくんのほうが先に功績というか論文を認められ、世間に知らしめられた頃、
トモナガくんはドイツに留学し、なんとも言えない、少し悶悶とした日々を過ごす
その頃の日記が、著作集の別巻2「日記・書簡」に掲載されている。

トモナガくんは泣き虫で、「ぼくは物理なんてきらいです」と、漫画の中のトモナガくんは
ノタマウのだが、その感じと、日記の読後感はパラレルである。
また、ボタニスト(植物学者)となる前のマキノくんも漫画に出てきて、
牧野植物学大図鑑(だったっけ?)はさすがになかったけど、類似品の北隆館の
牧野植物画を拡大して使用してある図鑑ならあって、そこに出てくる植物がはどれも
「植物観察には虫眼鏡と筆がいちばん」と言い切るマキノ直筆の愛ある植物図が
たくさん載っていて、デジカメのない時代だからこそ、人は自分の目を信じて
真実に迫ろうとしていた気迫というか愛をひしひしと感じてしまった。

ドーミトリーのモデルは、北海道にあったという中谷博士の別荘だそうだし、
なんといっても万感せまるのは、
作品のおわりのほうに掲載される、「科学と詩」を考察したのユカワくんの詩であろう。
いま手もとに『ドーミトリーともきんす』がないので、正確な引用はしかねますが、
この詩は素晴らしい。科学と詩は、同じところから出発して
たどる道筋は違うけれど、行きつく先(目指すもの)は同じはず・・というような
書いてしまえば味気もない結論が、明確な論旨とイメージで表現されています。
文系だの理系だの区別する前に、この詩はぜひ一読をおすすめしたい
若い人たちに、と強く思った。
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# by iwashido | 2014-11-29 10:33 | 読書日記 | Comments(0)

図書館大好き わたしとあそんで

11月22日(土)に「図書館大好き わたしとあそんで」の小さな学習会を開きます。
時間は午後1時開場、1時15分頃よりスタート。
場所は珠洲市立図書館2階の和室(階段上がって右)。
テーマは「学校図書館にできること」という題で、
石川・学校図書館を考える会の代表・下崎睦子さんをお招きしてお話を聞き、交流するのが主旨です。

思えば10年前。珠洲に来て、子どもの通う学校の図書室が、会議室・倉庫状態に近いことに
驚き、まず棚整理のボランティアに入りました。その翌年、読み聞かせボランティアグループを
発足させ、朝読書の時間に読み聞かせなどを行う活動を開始しました。
しかし、「読み聞かせ」「ボランティア」ではできない、専任で専門の司書のいる学校の図書館の輝きを
知るにつれ、ただボランティアをやっていたのでは本質に届かないことに危機感を抱き
通信教育で司書の資格を取りました。
その後、今から5年前になりますが、「図書館を考える集い」という名前で
津幡図書館の初代館長・前田幸子さんを呼んで学習会をしました。
その時はそれ1回で終わってしまいましたが、翌年から珠洲市の学校にも司書が配置され、
少しずつ人数が増えて、今では4人の司書さんが市内12の小中学校を担当しています。

今、珠洲市でも新しい図書館の建設に向けて、検討委員会が立ち上がりました。
市民の意見をもっと交わそう、新しい図書館を楽しみにしようという会も始まり、
これまでに2回、集い(ワークショップ)が持たれました。
なんというか、やっと、やってきたことがつながったという思いで感動しています。
時代が動いた。あきらめずにつづけること。徳川家康の待ちの攻め方に学ぶ点はあります。

図書館・学校図書館。違いは何? 同じことは何? できることは何があるの?
人口の少ない・民主主義がなかなか成熟しないところで市民の合意を作るには?
そもそも図書館は必要なの? 文化って何?

考えればきりがない連想ゲームになりますが、とにかく人と人・人と本をつなぐために
私たちに何ができるか、考えるきっかけづくりになることを期待して、今回の企画をやっています。

(主催:「石川・学校図書館を考える会奥能登メンバーズ」改め
     図書館大好き・わたしとあそんでinすずのと /共催:LOGOS文庫) 
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# by iwashido | 2014-11-16 14:17 | いわし洞文庫 | Comments(0)

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